新「シネマに包まれて」

字幕翻訳家で映画評論家の齋藤敦子さんのブログ。国内外の国際映画祭の報告を中心にシネマの面白さをつづっています。2008年以来、河北新報のウェブに連載してきた記事をすべて移し、新しい装いでスタートさせました。

カテゴリ: 2018

tokyofilmex2018_p_04 ヨー・シュウホァ監督の『幻土』は、失踪した中国人移民労働者ワンを捜査する刑事ロクを通して、高度に発達した多国籍国家シンガポールの底辺に光を当てた作品でした。幻土(まぼろしの土地)とはアジア各地から運んできた土を埋め立てて出来たシンガポールの国土のことであり、ワンが入り浸っていたネットカフェのゲーム画面に展開する仮想現実の世界であり、ひいては現実社会そのものでもある、そんなことを考えさせられました。

 プティポン・アルンペン監督の『マンタレイ』は、溺死したロヒンギャ難民が多数発見された村で、ひとりの漁師が沼の中で倒れている男を見つけて家に連れ帰り、言葉をしゃべらない男に名前をつけ、友人として遇するが、漁師が留守の間に、別れた妻が戻ってきて、男を夫の身代わりに仕立てたところに漁師が戻ってきて、男が自分の家と妻を奪ったことを知ってそれまでの態度が一変する、というストーリー。沼の中で倒れていた男とはロヒンギャ難民、漁師とは彼らを受け入れる隣国の国民のメタファーでしょう。利害が対立しないうちは友人として親切にできても、自分のものを奪われたと知った瞬間に敵になってしまう。そんな人間の身勝手さが寓話的に描かれていました。題名のマンタレイとはエイのマンタのこと。行き場を失ったロヒンギャ難民は命を奪われ、マンタとなって海中を漂うしかないのです。

 イン・リャンの『幸福行』は、今は香港に移住(亡命)して暮らす女性映画監督ヤンが、台湾の映画祭に行くことになり、その機会に中国に住む母親を台湾旅行に参加させて、現地で再会しようとする顛末を描いたもの。香港から夫と息子を連れて高雄にやってきたヤンは、タクシーに乗って母親の乗った観光バスを追いかけ、観光地や休憩のときに、やっと水入らずで会話を交わすことができるのです。

 イン・リャンは12年に発表した『私には言いたいことがある』が中国当局から問題視され、香港に移住せざるをえなくなった人で、ヤンという女性映画監督に自分を仮託して描いています。ヤンと母親は、こういう状況でしか会えない現実に苛立ち、愛情ゆえに対立したりもするのですが、実はこれが最後の機会だったとわかるラストには胸が詰まりました。

 これらの作品を見ながら、再び流動化しつつある今の社会状況を考えていました。少数の持てる者と、大多数の持たざる者に二極化された今の世界で、ある者は経済的な理由から、ある者は思想的な理由から、故郷を追われて流浪の民となる。それが、どんなに切実な選択であっても、新たな摩擦を生み出す種となってしまう。不法移民を排除し、難民を受け入れない方向に転換したアメリカのトランプ政権、入管法を改正して外国人の労働者を受け入れようとしている日本政府。この世界の流動化は、この先、どこに行き着き、何をもたらすのでしょうか。

 写真は『自由行』上映後のQ&Aでのイン・リャン監督。(11月22日、有楽町朝日ホールにて)

tokyofilmex2018_p_03 11月24日夕、有楽町の朝日ホールで授賞式が行われ、以下のような賞が発表になりました。

 作品賞に選ばれた『アイカ』は、キルギスタンからモスクワに出稼ぎにきた不法移民のアイカが、レイプされて身ごもった子を病院に産み捨て、借金を返すために底辺の仕事を転々とし、動物病院の清掃員の代理の仕事を引き受けるが…、というストーリー。アイカを演じたサマル・エスリァーモヴァがカンヌ国際映画祭で女優賞を受賞しています。

 審査員特別賞の『轢き殺された羊』は、ジンパという同じ名を持つ二人の男の運命が、標高5000メートルを超える過酷なチベット高原のハイウェイで交錯するという、ちょっと幻想的な作品。『オールド・ドッグ』、『タルロ』で過去2度の作品賞を受賞しているペマツェテン監督が、ウォン・カーウァイをプロデューサーにして今までとはひと味違う、新境地に挑戦した作品で、さすがの完成度の高さでした。

 スペシャル・メンションの『夜明け』は、川辺に倒れていた青年(柳楽優弥)を木工所を経営する男(小林薫)が救い、家に連れ帰って我が子のように可愛がるが、青年には隠さねばならない過去があって、というストーリー。男が次第に妄執に取りつかれ、青年を亡くなった息子の代理に仕立てようとするという部分は興味深かったのですが、アイデアを映像に昇華する力に今一歩欠けている気がしました。広瀬奈々子監督は是枝裕和監督や西川美和監督の助監督を務めた方で、これが長編デビュー作の新鋭です。

 学生審査員賞の『ロングデイズ・ジャーニー、イントゥ・ナイト』は、今年のカンヌのある視点部門で上映された作品で、父の葬儀のために帰郷した男が郷里の町を歩くうちに、夢とも現実ともつかない空間に入り込んで行く。その後半の約1時間を1シーン1カットの3Dで撮った野心的な作品でした。

 授賞式の前に開かれた記者会見で審査員による講評を聞いた限りでは、秀作揃いだった他のコンペ作品を抑えて『アイカ』が選ばれたのは、審査員長の中国系アメリカ人であるウェイン・ワンが、昨今の不法移民問題に強いシンパシーを感じたからのように思われました。今年はイン・リャンの『幸福行』、ヨー・シュウホァの『幻土』、プティポン・アルンペンの『マンタレイ』と、国と人間のアイデンティティを問う作品が揃ったのが特徴的で、それぞれ考えさせられました。

【受賞結果】

最優秀作品賞『アイカ』監督セルゲイ・ドヴォルツェヴォイ

審査員特別賞『轢き殺された羊』監督ペマ・ツェテン

スペシャル・メンション『夜明け』監督 広瀬奈々子

学生審査員賞『ロングデイズ・ジャーニー、イントゥ・ナイト』監督ビー・ガン


 写真は審査員と受賞者。前列左から、広瀬奈々子監督、セルゲイ・ドヴォルツェヴォイ監督、ペマツェテン監督、『ロングデイズ・ジャーニー』のプロデューサー。後列左から、西澤彰弘、ジーン・ノ、ウェイン・ワン(審査員長)、モーリー・スリヤ、エドツワキの各氏

tokyofilmex2018_p_02-今年は中国映画がたくさんありますが、中国の現状はどうですか。
 市山:中国は例年だったら絶対入っていいような映画を2本くらい見送りました。

-そんなにいい年だったんですか?
 市山:よかったですね。カンヌまでは、あんまりなかったんです。ベルリンも『象は静かに座っている』くらいしかなく、カンヌはジャ・ジャンクーとビー・ガンくらいで、あんまりないなと思っていたら、秋の映画祭に続々出てきましたね。

-作家は作れてる感じ?
 市山:そうですね。どの程度の製作費かわからないし、興行がそんなに成功するとは思えないんだけど、作るというと出す人がいる。おそらくネット配信で回収するつもりなんじゃないかなという気はしますけど。

-中国の映画産業は今すごく二極化してるんじゃないですか。
 市山:二極化しましたね。劇場公開するとなると大変なのは間違いない。ネット配信だと多少の難しい映画でも、とりあえず見る人が多いんで、ある程度回収するみたいなところがある。

-ネット配信でも回収できるんですか?
 市山:今、ネット配信の会社が雨後の竹の子のように出来ているんで、それぞれがソフト獲得のためにかなりなMGを払うみたいなんです。それが映画祭に出るとなると―

-ちょっと上がる?
 市山:どこそこの映画祭で賞を獲りましたという記事が中国で出て、これをどうやって見られるんだというと、ネットに上がってるから見る、みたいな。面白いかどうかというのは別ですけど。しばらくすると映画祭で賞を獲った映画は面白くないということになって見なくなる可能性もある(笑)

-劇場公開はもう完全に無理ですか?
 市山:難しいです。ジャ・ジャンクーが言ってたんですが、今回の新作の一部の出資者がカンヌもヴェネツィアも出さないでくれ、と言ってきた。なぜかというと、カンヌで賞をとると難しい映画と思われて、客が来なくなるからだそうです。

-その新作『アッシュ・イズ・ピュアレスト・ホワイト』の中国での反応はどうだったんですか?
 市山:興行成績は初登場2位くらい。ちょうど国慶節という中国の休みの時期で、そこで公開されること自体、配給会社としては勝負作だったんだけど、他にもチャン・イーモウの映画や、TIFFでやった『プロジェクト・グーテンベルグ』とか、あの辺が目白押しにあったんで、2週目からは落ちたんですが、『山河ノスタルジア』の倍くらい入ったということなので、正確な数字は知りませんけど。悪くはない。出資者はもっと期待したかもしれないけど、ジャ・ジャンクーの映画で最高ということは間違いない。

-日本の配給は?
 市山:ビターズ・エンドです。いつもオフィス北野はポスプロのときにお金を出していたんですが、2月の決定でジャ・ジャンクーの映画にも出資できないということになって、それでジャ・ジャンクーに連絡したら、心配するな、お金はいくらでも見つかると言って、すぐに1社見つけてきて、すぐに補填した。

-オフィス北野の名前はもう入らない?
 市山:入らないです。僕の名前だけ残ってるんですけど、あんまり大したことはしてない。日本からお金を集めたわけでもない。ビターズ・エンドの定井さんに配給権のことで話をしたくらいで。でも、森さんは、すごく心配して、「こんなことになってジャ・ジャンクーに申し訳ない」と。

-オフィス北野のサポートがなくなって心配したけど、続きましたね。
 市山:これが1年限りの協賛だと、来年はどうするんだという話になるけど、こうやって社員として抱えて、事務局も置いているということは、しばらくは大丈夫ということだと思います。日本の普通の企業で、このような大規模じゃない映画祭に、じゃあ出しますという会社はほとんどないと思うんです。

-木下グループとしてもメリットがあっただろうし、いい結末だったんじゃないですか。

 【注】結局、東京フィルメックス実行委員会は木下直哉理事長、市山尚三副理事長という新体制になった。

(11月9日、六本木キノ・フォルムズのオフィスにて)

tokyofilmex2018_p_01-今回は、どうしても去年からの経緯を伺わないと。
 市山:実は今年からなんですが、2月のベルリン映画祭から戻ってきたときに、北野武さんが3月いっぱいでオフィス北野をやめるということが分かった。フィルメックスをやるやらない以前に映画製作自体をやめるということです。今はオフィス北野には映画製作部自体が存在しなくて、マネージャーだけ残って、たけし軍団のマネジメントをやっています。

-北野武さんが新しい会社に移ったわけですね。
 市山:そうすると、オフィス北野的には一番の収入源がなくなるので、映画の製作をやることもできないし、ましてやフィルメックスのサポートも全然できなくなる。それで、3月1日にフィルメックスの緊急理事会が開かれて、オフィス北野社長の森昌行さんが他の理事やスタッフに事情を説明し、森さんも理事長を降板するというのがあって、そこで林加奈子さんが私も辞めますと。

-きっぱりと。
 市山:そうです。僕の考えは、オフィス北野のサポートがなくてもやるべきであると。1つの根拠としては、オフィス北野のサポートがなくても、芸術文化振興基金や、東京都、競輪の助成金にもう申請済みで、おそらく同額くらいは出るであろうという予測ができた。上映本数を減らすとか、あるいは会場をもう少し小さいところでやるとかして、縮小すればできるし、縮小してもやるべきであると僕は主張したんです。それで会議では、縮小してもやるべきという結論になった。森さん本人も、私は何もできないが、縮小してもやるべきだという意見でした。理事長を空席にはできないんで、僕が理事長をやることにして【注】、その時点で、林さん他2名のスタッフが、辞めることになった。

-林さんと岡崎くんからは辞めるというメールをもらいました。
 市山:それで金谷くんと神谷くんだけが残る形になった。当面の問題は4月末に赤坂にあった事務所の賃貸契約が切れることで、もう更新しようがない。高いところだし、あれほど広い必要がない。あの頃のフィルメックスの書類をみると、住所が西五反田になっているんですが、それはなぜかというと、西五反田のシェアオフィスに入る予定だったからです。フィルメックスの仕事は、8月くらいまでは3人で出来る。金谷くんが助成金などの手配、神谷くんが作品選定で、セールス・エージェントと連絡をとったりする、それと僕を入れて3人で8月くらいまでは何とかなる。作品が決まったところで、広報や、タレンツ・トーキョーのスタッフが必要になってくる。で、西五反田のシェアオフィスを借りる契約までして、そこでしのぎながら、協賛金を探そうと。3月1日の会議で、その方針が決まって、僕はジャ・ジャンクー監督作品のポスプロ(仕上げ作業)があったんで、北京に行って、3月末までずっと仕上げの最終段階に立ち会いながら、さあどうしようと思っていたところに、フィルメックスで審査員をやられた鈍牛倶楽部の國實瑞恵さんから電話がかかってきた。國實さんは鈍牛倶楽部の社長ですが、会社自体は木下グループの傘下に入っていて、木下代表と会うことも多く、話をしてみたら可能性がありそうだから、北京から戻ったら木下代表に会った方がいいと言ってくれた。それですぐアポイントをとってもらい、4月10日だったか、北京から戻ってすぐに木下代表と会って、予算表を見せて、去年の規模を維持するならばこのくらい足りないという話をしたら、その分は出しましょうと即決でした。おそらく國實さんからフィルメックスの内情について話があったんでしょう。木下グループはTIFF(東京国際映画祭)にも協賛金を出していて、メインスポンサーになっているんで、さすがに映画祭2つというのは難しいだろうと思っていたんで、逆に驚いたんです。とにかく「去年と同じくらいの予算は保証しましょう」ということがまずそこで決まって、さらに、「事務局もうちに越してきてください」と。「何人いるんです」というので、「3人です」と言ったら、「事務局3人でこっちに来てください、そのくらいの机はあります」、ということになった。こうして、4月末にオフィス北野を出て、5月1日からここ(六本木のオフィス)に入り、しかも、3人は木下グループの社員ということになったんです。

●キノ・インターナショナル

-給料が出るということ?
 市山:今まで貰っていたくらいは出しますということになったんです。(名詞を出して)これを見ると驚くんですが、僕は社長なんです。

-本当だ。キノ・インターナショナル?
 市山:僕らが入ってから、5月に出来た会社なんです。これは代表の考え方でしょうが、キノフィルムズの中のフィルメックス事務局ではなく、キノ・インターナショナルという独立した会社を作って、ここにフィルメックスの3人と木下グループの買い付けをやってる人と、日本映画のセールスをやっている人、つまり国際関係をやっている人を全員集めて、6人で会社を作った。

-つまり、フィルメックスがキノ・インターナショナルの傘下に入ったということですか。
 市山:厳密に言うと、そういうことです。

-フィルメックスで上映した映画は、キノ・インターナショナルが買い付けるとか、オプションがあるとか?
 市山:それはまったくないです。キノ・インターナショナルには買い付けをするスタッフがおり、これは行けると思ったら買うことになるんだけど、もちろん他社が買っても構いません。

-慈善事業じゃないんだから、木下代表だって、お金を出すからにはメリットが欲しいんじゃないんでしょうか?
 市山:映画祭をやることに関しては、メリットとかそういう話は一切なかったです。僕が聞いたのは、入った3人に関しては映画祭の仕事だけではなく、木下グループの仕事も手伝ってください、と。例えば、海外から売り込みのあった脚本を読んでレポートを書くとか、そういうこともやっています。僕も松竹で買い付けをやってましたけど、売れない映画ばかり買っていたんで、あまり戦力にはならないでしょうが(笑)、木下グループで作っている映画を海外の映画祭に出品したり、海外の配給会社に売り込んだりというのは、ある程度はできると思います。あと、国際共同製作の話も結構舞い込んでくるので、もちろんまだ具体的には何も決まってないんですが、そういうときにはキノ・インターナショナルが窓口になる。長い目で見ると木下グループにフィルメックスのスタッフが貢献することになる、というのは期待されているかもしれないですね。

-木下グループにとっても、市山さんが入ることによって海外への新たな窓口が出来たことになり、それは大きなメリットではないでしょうか。
 市山:もともと僕は製作が続けたかったんで、渡りに船的な、喜んでやらせていただきますという話になった。

-5月1日から新生フィルメックスがここで始まって、その後のスケジュールは例年とだいたい同じと言っていいんですか?
 市山:すごく助かったのは、4月10日の時点で即決だったので、カンヌから完全に動けたことです。5月にカンヌでああいった形で発表し(*第71回カンヌ映画祭レポート(2)参照)、各エージェントにも今年もやりますと言えたんで、開催準備のスキームとしてはまったく遅れはないんです。

-スタッフ的にはどうですか?
 市山:9月から5人短期雇用のスタッフが入って8人になりました。

-それは実際に運営に携わるスタッフ?
 市山:タレンツ・トーキョーの専属のスタッフが2人、ゲストの航空券の手配などを行うスタッフが1人、前売り券の手配や、運営面の担当が2人です。広報に関してはプレイタイムの斉藤陽さんとP2に窓口をやってもらってます。

-手は足りている感じ?
 市山:そうですね。沢山いればいいにこしたことはないんだけど、予算を無駄に遣ってもしょうがないんで、この人数で、とりあえずなんとかやっています。

-林さんや岡崎くんなど、経験を積んで慣れたスタッフがいなくなったことは大きいと思うんですが。
 市山:以前はこまめに連絡をとっていた人たちから、今年はどうなってるんですか、といったような問い合わせが来たりして、最初はちょっと混乱した感じがありました。

-市山さんがゲーテ・インスティテュートでラインアップ記者会見をやったでしょう。あれは記者会見をやりましたというメールが翌日来たんです。だから行けなかった。私だけかと思って、まわりに聞いてみたら、皆知らなかった。そういうことがあったんで、すごく心配になったんですよ。
 市山:それはすみません。僕も何人か毎年来てる人がいないなとは思ったんですが。

●豪華な顔ぶれの招待作品

-では、本題ですが、今年は招待作品が大物揃いで、運営が大変なのに、こんなに大物をたくさん呼んで大丈夫なんですか。
 市山:今、予算があっぷあっぷ状態で、来られない人が出てきたんで、なんとかなりそうなんです(笑)

-なぜこの顔ぶれに決まっていったんですか?
 市山:ホン・サンスはTIFFでやったりフィルメックスでやったり、どっちかでやってる感じなんですが、今回の作品はめちゃくちゃ面白いので、見てすぐに招待したら、あっさりと招待をお受けしますという返事が来たんです。

-監督本人は来るんですか?
 市山:いや、彼は撮影中で来られない。もう次を撮っていて、いろいろ調整したけど、どうしても撮影スケジュールが外せないということで。それで主演のロカルノ映画祭男優賞をとったキ・ジュボンさんが来ます。

-ジャ・ジャンクーは来るんですか?
 市山:来ないと決まったわけではないんですが、ちょうどロサンゼルスのUCLAで映画の講師を何週間かやるそうで、それにひっかかっているようです。あと、リティー・パンが来ます。

-TIFFで『カンボジアの失われたロックンロール』という映画を見たら、ラストクレジットの感謝のところにリティー・パンの名前が入っていました。
 市山:それからギタイも来ます。あと、メンドーサは来ないんです。TIFFで審査員長をやったばかりですし、長く留守をして、やることが溜まっているとかで。

-田壮壮の『盗馬賊』はなぜ?
 市山:デジタルリマスター4Kで、北京電影資料館が今年修復したんです。なので状態はすごくいいです。

-今、北京ではデジタル修復をやってるんですね。
 市山:『黄色い大地』も修復したらしいです。今、80年代の第五世代の映画を修復していて、ブルーレイのボックスも出るようです。

-そういう時代になったんですね。それでスタンリー・クワンも来る。
 市山:ツァイ・ミンリャンは新作を撮っているからかどうかは分からないんですが、映画はぜひ上映してください、でも行けませんということでした。それから、今年はスバル座が使えることになったんで、急遽日本映画を4本やることにしました。去年、子供の時間をやるためにスバル座に声をかけたら、初日と重なるんでと断られてフィルムセンターでやったんですが、センターはちょっと遠いんで、今年もスバル座に声をかけたら、いいですよ、ということになった。しかも丸1日でもいいということなんで、午前中に子供の時間をやって、午後から日本映画をやることになったんです。

-そのうえ、アミール・ナデリの特集がある。ナデリさんはTIFFからずっと日本にいるらしいですね。TIFFの会場で会いましたが。
 市山:僕は約束もしてないのに、3,4回会いました(笑)

-しかし、この特別招待作品の顔ぶれの豪華さは、すごいですね。近年にないですよね。
 市山:初めてです。こんなに揃ったのは。

-なぜです? オフィス北野への意趣返しじゃなくて?(笑)。
 市山:たまたま重なったというのが1つ。それと、スタンリー・クワンとかメンドーサの作品をTIFFがやらなかったからです。

-今年のTIFFは本数がすごく減りましたね。アジアの未来も昨年まで10本だったのが8本になった。
 市山:特にワールド・フォーカスとアジアの未来が減っていて、ラヴ・ディアスの『悪魔の季節』もワールド・フォーカスでなくて国際交流基金のクロスカット・アジアの方に入っていました。

●話題作、注目作・・。レベル高いコンペ部門

-ではフィルメックスのコンペティションですが、今年はどうでしょう?
 市山:今年は特にハイレベルで、賞をとっている映画が多いです。例えば、『幻土』はロカルノ映画祭の金豹賞、『マンタレイ』はヴェネツィア映画祭オリゾンティ部門の最優秀作品賞、『幸福城市』もトロント映画祭のプラットフォーム・コンペティションの最優秀賞で、いかにも賞をとったものを集めたように見えるんですが、実は賞を獲る前に招待しているんです。

-それだけ質が高い?
 市山:そうなんです。『象は静かに座っている』もベルリン映画祭で国際映画批評家賞を獲っていて、ちょっと迷ったんです。映画は素晴らしいんですが、もう評価されているし、いいかなとも思った。そういう意味では新発見ということではないかもしれませんが。

-日本にいる人は見てないわけだから。
 市山:今年のアジアの新進監督の優秀な作品が総勢で集まっているという感じはありますね。

-ペマ・ツェテンがコンペに入ってるのが私にはちょっと異質な感じがしました。もう特別招待でもいいんじゃないかと。
 市山:もう作品賞を2回とっていますし。1つには特別招待の枠がぱんぱんになっているということもあるんですが、今回はまた新しいチャレンジをやっているんです。これまでと全然違う。しかも、プロデューサーがウォン・カーウァイなんです。

-ウォン・カーウァイが。どうしてチベットに興味を持ったんでしょうね?
 市山:不思議ですね。映画にフィルム・ノワール的なタッチがあるんで、それはある種ウォン・カーウァイ的と言えるかもしれないです。自分の親の仇を取りにいくという話で。ちょっと実存主義的な感じもあるので、ウォン・カーウァイがそういうのに興味を持ったのかも。

-中国は『象は静かに座っている』の話が出ましたが、これはベルリンで見てるんで(第68回ベルリン映画祭レポート(5)参照)、あと『ロングデイズ・ジャーニー、イントゥ・ナイト』もカンヌで見ました。
 市山:一応、新しいヴァージョンらしいですよ。編集し直したようです。僕は新しい方は見てないんですが。あと、『自由行』というのは、監督のイン・リャンは中国人ですが、香港に移住して撮ってるんで。香港・台湾合作みたいな感じです。

-あと、シンガポールの『幻土』と。
 市山:台湾が1本あります。『幸福城市』が台湾です。
あたまにガオ・ジェが出てきて、話としては『ペパーミント・キャンディ』みたいに時代が遡っていく。

-ガオ・ジェが若くなるんですか?
 市山:若くなるとリー・ホンチーになる。今売り出し中の若手新進俳優で、フィルメックスに1回来ました。チャン・ツォーチの『酔生夢死』という作品で、チャン・ツォーチが来れないんで代わりに。それが今、大人気俳優になって中国映画にもよく出てるんです。

-あの映画で、新人賞か何かを獲りませんでした?
 市山:金馬奬の新人賞を獲りましたね。最初、ガオ・ジェのやっていることは無軌道に見えるんですが、なぜ彼がそんな行動をとったかという理由が映画を見てるとだんだんわかってくるというような。ちょっと構成に凝った映画です。

-あとはタイの『マンタレイ』ですが、これはロヒンギャ問題?
 市山:かどうかは分からないんですが、頭に「ロヒンギャに捧ぐ」と出てくる。ロヒンギャ難民が難破したという港があって、漁師がその近くの沼地に男が埋まっているのを見つけて家に連れ帰る。その男は何もしゃべらないんで、ロヒンギャなのかそうじゃないのか分からないんだけど、男が二人で暮らすうちに、連れてきた男が猟師の男と同じような格好をして、漁師と同じ生活を始めるという、かなり変な映画です。

-この辺の映画はいつ見て決めたんですか?
 市山:みんな秋の映画祭がプレミアなんで、だいたい送ってくるのは7月くらいです。ロカルノが8月なんで。ロカルノのコンペの映画が3本くらい入っているんですが、みんなロカルノの前に見て決めました。

-賞は向こうの映画祭が勝手にあげただけで、フィルメックスとは無関係。
 市山:最初に『幻土』がロカルノで金豹賞をとったときに、フィルメックスの事務局でも相談したんですが、それは気にする必要はないということで一致しました。審査員は違うのでフィルメックスでまた賞をとるかどうかはわかりませんし、また賞を撮ったとしたら、それは日本の配給会社に対して大きなアピールになるので、それはそれで意味のあることだと思います。

-あと今年はトルコとカザフがありますね。『アイカ』はカンヌで見たんですが。
 市山:新ヴァージョンがあるんです。ピンヤオ映画祭で上映されたのが新ヴァージョンでした。

-ピンヤオ映画祭のヴァージョンを上映するわけですか。
 市山:ピンヤオで監督に会ったら、編集は変わらないけど、まだ音とか、やり直してて、フィルメックスに最終版を送ると言ってました。

-この『シベル』というトルコ映画は?
 市山:これもロカルノです。

-共同監督なんですか?
 市山:チャーラ・ゼンジルジという人がトルコ人で、ギヨーム・ジョヴァネッティはフランス人で、夫婦で作ってるんです。

-ジョヴァネッティってイタリア人みたいですが、フランス人なんですね。
 市山:チャーラの親が外交官でパリにいて、そこで知り合ったらしいです。今、基本的に2人ともパリに住んでるんだけど、これで3本目なんですが、1本目はパキスタンで撮っていて、2作目はなんと日本で撮ってるんです。ユーロライブで短期間公開されたんですが、『人間』というタイトルで、素人の中年男が主人公で、歌舞伎町のど真ん中に異界への入口の鳥居があるという、すごく変な映画だった。

-今回はトルコで撮ったんですね。
 市山:これはかなりシリアスな話で、この女の子が言葉をしゃべれず、指笛や手話で会話をする。村から除け者にされてて、村では狼が問題になっていて、狼を殺すと自分の立場があがるからと猟銃を持って歩いている女の子がいて、たまたま山小屋に怪我している男がいて、男を世話するのに生き甲斐を感じるんだけど、それが手配中の男で一家に災難が降りかかる。

cannes_p_2018_07_01_0219日夜、授賞式が行われ、是枝裕和監督の『万引き家族』が見事パルム・ドールを受賞しました。前のレポートでも触れましたが、上映後の反応が予想以上で、その高評価は最後まで崩れることはありませんでした。『楢山節考』と『うなぎ』でパルムを2度受賞している今村昌平監督が、最もパルムを期待していた『黒い雨』では予想以下の小さな賞しか取れなかったことを思い出すと、賞の行方というのは運のようなもの、是枝監督は7回目のカンヌで、その運を逃さずに掴んだということだと思います。

写真はパルム・ドールを受賞した是枝裕和監督

 

<トランプの米国描くスパイク・リー監督の『ブラック・クランスマン』>

スパイク・リーの『ブラック・クランスマン』は、潜入捜査担当の黒人警官(デンゼル・ワシントンの息子のジョン・デヴィッド・ワシントン)が、人種差別主義集団ク・クラックス・クランのメンバーになり、ついには支部長にまでなってしまうという実話の映画化。もちろん黒人の姿では集会に行けないので、その部分は同僚のユダヤ人警官(アダム・ドライヴァー)が担当しています。舞台は70年代ですが、リー監督はトランプ政権下の今のアメリカを描いているのだと強調していました。

 

審査員賞の『カペナウム』は、子沢山の貧乏家庭に生まれたゼイン少年が、まだ少女の姉がお金で嫁に出されたのに反発して家出し、エチオピアからの不法移民のシングルマザーに助けられ、彼女が働いている間、赤ちゃんの子守をすることになる、という作品。主人公を演じたゼイン少年は、本物のストリートキッドで、彼の自然な演技が光っていました。

 

ゴダール監督の『イメージの書物』にスペシャルパルム>

授賞式後の記者会見でケイト・ブランシェット審査員長の話を聞くと、最後まで数本が残って、審査が難しかったということでした。おそらく『万引き家族』、『ブラック・クランスマン』、『カペナウム』で賞が争われ、『万引き家族』が総合的に高得点だったのだと思います。そう考えると、『カペナウム』の審査員賞が例年より大きな扱い(3番目)になった理由が分かります。

 

また、他の作品とは別格ということで、カンヌの歴史初のスペシャル・パルム・ドールがジャン=リュック・ゴダール監督の『イメージの書物』に授与されました。

 

 

【受賞結果】

パルム・ドール:『万引き家族』監督是枝裕和

グランプリ:『ブラッククランスマン』監督スパイク・リー

審査員賞:『カペナウム』監督ナディーン・ラバキー

男優賞:マルチェロ・フォンテ『ドッグマン』監督マッテオ・ガローネ

監督賞:パヴェウ・パヴリコフスキ『冷戦』

脚本賞:アリーチェ・ロルヴァケル『ラザロのように幸福』

    ジャファル・パナヒ『3つの顔』

女優賞:サマル・イェスリャモヴァ『アイカ』監督セルゲイ・ドヴォルツェヴォイ

スペシャル・パルム・ドール:『イメージの書物』監督ジャン=リュック・ゴダール

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短編パルム・ドール:『オール・ジーズ・クリーチャーズ』監督チャールズ・ウィリアムズ

次点:『オン・ザ・ボーダー』監督ウェイ・シュンジュン

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カメラ・ドール:『少女』監督ルカス・ドント(ベルギー)

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