tokyo2020_01_p1_sub――今年のラインナップですが、パッと見、西アジア作品が多い気がします。

市山:本当に多かったですが、逆に言うと東南アジアの応募が少なかったんです。結果的に『アスワン』というフィリピンのドキュメンタリーが入っただけ。これはTIFFの方でも同じ答えが返ってきて、東南アジアの応募が激減したらしいです。

 

●コロナの中、イラン映画が盛況

――なぜです?

市山:コロナの影響なのか、コロナのせいで出資者がいなくなったのか分かりません。その一方、なぜか西アジアがすごく多い。イランとか、ものすごい応募があって、あんなにコロナが大変だといいながら、よく作っていると思います

 

――今年はベルリンの金熊賞(モハマド・ラスロフ監督『悪は存在せず』、TIFFワールド・フォーカスで上映)がイラン映画だったし、イラン映画が多いという印象があって、なぜだろうと思ったんですが。国内的に何かがある?

市山:『迂闊な犯罪』というイラン映画はパーレビ時代のイランと今のイランと何も変わらないという映画で、国内はそういう状態なんだと思いますね。結構大変な状態じゃないかと思います。

 

――この間、ベルリン映画祭からリリースが来ましたが、相変わらずリベラルな映画人を逮捕したりしてますね。

市山:『迂闊な犯罪』はパーレビ王朝の最後の頃に映画館の焼き討ちが起きたのと同じことが現代で繰り返されようとしているという話なので、言いたいことは絶対にそこだと思うんです。

 

●アルメニア映画「風が吹けば」

――『風が吹けば』はアルメニア映画ですが、珍しいですね。

市山:これは偶然なんですが、今アルメニアとアゼルバイジャンが戦闘体制になって、戦車を爆破したりしていますが、その火種がこの映画に描かれています。ナゴルノカラバフはアゼルバイジャン領なのにアルメニア人が住んでいて、ソ連から分裂したときに独立しようとしたのですが、アゼルバイジャンが認めなかった。それで1990年代の初めくらいに、アルメニアとアゼルバイジャンの間に戦争が起こったんです。『風が吹けば』はその停戦後の話で、国際空港があると独立に有利に働くというんで、ナゴルノカラバフ空港を国際空港として認めてもらおうと、フランス人技師のグレゴワール・コランが調査くるという話です。映画では紛争はまだ収まってなくて火種が残っているという結末ですが、その火種が今まさに勃発している。監督のノラ・マルティロシアンは今はフランス在住ですが、アルメニア出身の女性監督の第1作です。

 

――隣のアゼルバイジャン『死ぬ間際』は?

市山:ヒラル・バイダロフはボスニア=ヘルツェゴビナにあったタル・ベーラの映画学校の出身です。講師として招待されたことがあったので、そこで会っています。2年前にデビュー作を送ってきて、それはやらなかったんですが、数年の間にえらい進歩をとげて、すごい映画を作った。

 

――ヴェネツィアに出てましたね。

市山:ヴェネツィアのメインコンペです。これはさすがタル・ベーラの弟子というか、変な映画で、ストーリーを追うことは無視しています。男がいざこざに巻き込まれ、人を殺してバイクで山の方に逃げると、いろんなところで女性に出会い、彼女たちを救いながら旅をしていく。何か裏に意味があるのかもしれないが、よくわからない。

 

――タル・ベーラの弟子なら、ストーリーがかちっとした映画を作りそうもないですね。

市山:しかも共同プロデューサーがカルロス・レイガダスですから。それに『リーサルウェポン』の俳優ダニー・グローバーの製作会社が出資しています。

 

――レイガダスとタル・ベーラには関係があるんですか?

市山:彼も講師に来たらしい。そこでルートが出来たんじゃないですか。レイガダスはメキシコに配給会社を持っているんです。もともと自分の映画を誰も配給してくれないんで、自分で配給会社を作って、是枝裕和監督の『そして父になる』の配給権を買って、儲けたらしいです。

 

――よかったですね。レイガダスの映画で儲かるとは思えませんから。

市山:おそらく今回もメキシコの配給権と引き替えに出資したりしているのかもしれません。そういう点では、いわゆる商業的なものを無視して作っていて、ビジュアル的にも凄いし、風景も凄いです。

 

●「迂闊な犯罪」のシャーラム・モクリ監督

――『迂闊な犯罪』のシャーラム・モクリという監督はどこから出てきた人ですか。

市山:アジア・フォーカス福岡映画祭で上映された『予兆の森で』という映画の監督です。全編1シーン1カットで撮ったというのが売りの映画で、ヴェネツィアのオリゾンティに入って話題になったんですが、どちらかというとトリッキーな映画を作る人です。いわゆるファルハディ系では全然なくて、イラン映画の中ではかなり異色な映画を撮っている人です。

 

――カザフスタンの『イエローキャット』は?

市山:アディルハン・イェルジャノフも知り合いで、スタイルとしてはオミルバエフ風の自然主義的なものをやりつつ、宇宙人の出る映画を撮ったり、かなり変わったものを入れてくる監督です。監督第1作はタイムスリップする映画でした。今回は現代の話なんですが、カザフスタンの草原地帯に前科者が足を洗って映画館を作ろうとするんだけど、妨害が入ってという話で、前科者の男はジャン=ピエール・メルヴィルの『サムライ』の大ファンで、いろんなところでアラン・ドロンのものまねをするという相当変な映画です。

 

――それだけ聞いても相当変ですね。カザフって、そういう映画も出てくるんですね。

市山:カザフの中でも異色の監督です。

 

――インドの『マイルストーン』は?

市山:監督のアイヴァン・アイルには『ソニ』という女性警察官の日常を描いた映画があって、Netflixに入っているのでそこで見られるんですが、『マイルストーン』は中年のトラック運転手の日常を描いた映画です。

 

●コロナ禍のインド、中間系の作品も

――インドというとボリウッド的なものと、映画祭に出品されるような知的な映画と二層に別れているように思うんですが、現状はどんな感じですか。

市山:ボリウッド系の『バーフバリ』のようなものもあるんだけど、もう少し中間のような人もこういうインディペンデントの映画に出ている。

 

――そういう中間の映画をかける映画館やチェーンがあるんでしょうか。インドだからネット配信かもしれませんね。今インドはコロナで大変だし。

市山:この映画は撮影が終わったところでロックダウンになったらしいです。北インドの話で、冬の寒々とした風景が延々と出てきます。主人公の中年の運転手の奥さんが亡くなっていて、奥さんの家族に賠償金を払わなきゃならないので腰痛に苦しみながら仕事を続けているという設定なんですが、奥さんの妹が完全に東アジア系の顔をしていて、シッキムの出身という設定です。チベット人のような、モンゴル系の顔をしています。背景が分かるともっと面白く見られると思うんですが、なかなか普通に見られないインドの風景が出ています。

 

●麻薬戦争描く「アスワン」

――フィリピンの『アスワン』は?

市山:アリックス・アイン・アルンパクはタレンツ・トーキョー出身の女性監督ですが、危険なところに踏み込んで撮っている。大丈夫かなと心配になるくらい。34年前からずっと撮っていた麻薬戦争についてのドキュメンタリーです。

 

――メンドーサっぽい? 彼は最近デュテルテ政権の麻薬戦争ばかり撮ってますから。

市山:劇映画ではなく、ドキュメンタリーなので、メンドーサっぽくはないです。

 

●台北映画祭のオープニングに選ばれた「無声」

――それから台湾の問題作『無声』ですが。

市山:これは本当にちょっとびっくりです。実際に起こった事件の映画化で、どこまで事実に基づいているか分からないんですけど、聾唖学校の中で女の子がレイプされていて、それを新入生の男の子が先生に言おうとする。しかし、女の子は聾唖のためにお父さんに家に監禁されていて、社会福祉士の人にその学校に入れてもらったので、監禁生活に戻るくらいなら今の生活の方がいいとから言わないでくれと。

 

――デビュー作で台北映画祭のオープニングに選ばれたというのも凄いですが、問題作ですね。

市山:台湾は10月公開なので、そこでまた賛否両論いろいろ出てくると思います。問題の起こった学校は、台湾の人が見れば、あの学校だとわかるそうです。2011年に起きた事件らしいです。

 

●ワン・ジン監督のデビュー作「不止不休」

――次は中国の『不止不休』ですが。

市山:ワン・ジンはジャ・ジャンクーの助監督を56年務めた人で、彼のデビュー作です。

 

――社会派ですね。

市山:中国版『新聞記者』です(笑)。実在の新聞記者をモデルにした話で、政府を告発したというよりは社会問題を告発した。中国では2003年くらいにSARSが収束した後、B型肝炎が流行したんです。僕もこの映画を見て知ったんですが、B型肝炎はそんなに簡単に伝染するものではないですが、誤解によりB型肝炎の患者が差別にあったり、偽の証明書が出回ったりしていることをつきとめて告発した。その人の実話に基づいて映画化している。

 

tokyo2020_01_p2_sub●佐藤快麿監督の「泣く子はいねぇが」

――今年は日本映画が4本ですね。

市山:4本ともパターンの違う映画なんで、どれか1つを落とすのは難しい、では4本全部やろうと。

 

――今までは多くて2本?

市山:1回が3本でした。その後、2本のことが多かった。

 

――0の年は?

市山:それはなかったです。日本映画は必ず何かやってました。1本ということもありましたし、2本が多かったですが、今年は上映枠があるならやろうということで4本やることになりました。

 

――佐藤快麿監督の『泣く子はいねぇが』はサンセバスチャンで賞を獲りましたね。

市山:撮影賞でした。この人は河瀬直美さんの『朝が来る』と同じカメラマンです。監督の佐藤快麿さんの2本目ですが、商業映画としては初めての映画なんで。それがいきなりサンセバスチャンのメインコンペに入って賞を獲ったという。

●池田暁監督の「きまじめ楽隊のぼんやり戦争」

――いいデビューですね。池田暁監督の『きまじめ楽隊のぼんやり戦争』はビターズ・エンドが配給なんですね。

市山:これはVIPOという経産省の管轄で出来た組織があって、ワークショップで選ばれた監督に30分くらいの短編映画を撮らせる機会を与えていた。そこが初めて長編を製作したもので、かなりの額がVIPOの出資です。しかも、すごい変な映画で、ここ最近の日本の戦争に向かいつつあるかのような雰囲気に対するアンチテーゼにも見えます。海外の人が見ると、デッドパンな感じがカウリスマキの影響と言われるかもしれません。監督の池田暁さんはかなり変わった才能で、『山守クリップ工場の辺り』という作品がロッテルダムとバンクーバーの両方で賞を獲っています。

●春本雄二郎監督の「由宇子の天秤」

――続いて春本雄二郎監督の『由宇子の天秤』ですが。

市山:これは去年フィルメックスで新人監督賞のシナリオを公募した、そのファイナリストに入った作品で、シナリオを読んでいました。さっきの台湾映画と同じで、あそこまでひどくはないんですが、学校でいじめで自殺した女の子がいて、その謎をさぐっているドキュメンタリーの映画監督が主人公なんだけど、彼女の父親が起こした不祥事が発覚する。正義感を持って事件を追及してきた人の父親がそういうことを起こしてしまい、それを隠蔽するかどうか迫られるという重層的な話です。

 

――フィルメックスの新人脚本賞に応募してきたときのシナリオそのままですか?

市山:そうです。読んだときに、これは映画化するのは大変だなと思ったのが、すごくちゃんと出来てて驚いたんです。ファイナリストなんで賞は獲ってないんですが、自力でお金を集めて映画化した。

 

――ファイナルには何本残ったんですか。

市山:10本くらいです。

『この世界の片隅に』の片淵監督が出資しているみたいです。マルコ・ミュラーがすごく気にいって、ピンヤオ映画祭のコンペに決まりました。向こうには行けないですが。

●松林要樹監督の「オキナワサントス」

――よかったですね。ただ、外との交流がないというのは映画祭的に残念ですね。4本目が松林要樹さんの『オキナワ・サントス』

市山:松林さんは文化庁の派遣で1年くらいブラジルに行ってて、その間に取材した話を元に作った映画です。沖縄からの日系移民は強制移住させられていたという話を聞いて、それを取材していったドキュメンタリーです。

 

――『祭の馬』もとてもよかったです。松林さんて、自分が惹かれるところにずっと寄っていく監督ですね。これは東風が配給するんで、とりあえず日本映画4本はミスっても公開されるので、見られますね。

 

――オープニングは万田邦敏監督の『愛のまなざしを』ですが、記者会見のときの万田さんのメッセージが素晴らしいと思いました。そして、クロージングがエリア・スレイマンの『天国にちがいない』で、スレイマンの全作品上映がある。

市山:劇映画はこの4本で全部ですから。本当に少ないですね。

 

――特別招待に常連のアモス・ギタイ、リティ・パン、ツァイ・ミンリャンがあり、見るのが難しそうな『七人楽隊』がある。

市山:これは香港での公開前なのでリモートNGなんです。これと、『デニス・ホー:ビカミング・ザ・ソング』を見ると香港の現在が分かります。『七人楽隊』は雨傘運動を扱うと公開できない可能性があるからかもしれませんが、50年代からの香港の話を、50年代がサモ・ハン、60年代がアン・ホイといった具合に、7人の監督が作っていくんですが、2010年の話から近未来に話が飛ぶんです。

 

――『十年』の監督達は酷い目に遭いましたからね。

市山:そのことは『デニス・ホー』の方に出てきます。

 

――他にジャ・ジャンクーの『海が青くなるまで泳ぐ』があります。

市山:これはベルリンでやったものですが、ほとんどインタビューなので、日本語字幕付で見た方がいいと思います。小説家へのインタビューで、彼らの話から中国の近代史を見るというもの。文革から今にいたるまでの話です。

――原一男監督の『水俣曼荼羅』は6時間9分という長さ、今年は長い映画が多いですね。

市山:『仕事と日(塩谷の谷間で)』も8時間と長いですが、これはシマフィルムが配給することになったんで、いずれ見られます。

 

――これは市山さんがベルリンで選んだ映画ですが、どこで上映するんですか?

市山:アテネフランセです。見逃しても配給が決まっているんで、いずれ見られますが、早く見たい方はアテネで。

 

――マノエル・ド・オリヴェイラの『繻子の靴』も長いです。

市山:これは松本正道さん(アテネフランセ文化センター)の企画です。朝日ホールが空いていたんで使えたんですが、600席の半分の300席なのですぐに満席になるはずです。

 

――松本さん念願のプリント上映で。

市山:デジタルリマスターされてなくて、HD素材がなく、フランスで出たDVDしかないそうなので。

 

●リモートなりの利点も

――タレンツ・トーキョーもリモートに?

市山:そうです。最初から今年はリモートになりますと発表したんで、リモートなら来年応募しようとやめた人も何人か知っていますが、来年は映画を撮りたいので、どうしても今年という人もいて、応募は意外にありましたね。もっと少なくなるかと思っていたんですが。かなり面白い監督もいますよ。

 

――リモートはリモートなりに何か利点があるんでしょうか。

市山:これは映画祭以上にリアルに開催した方がいいですね。みんなで飲み会に行ったりできないと。

 

――そういう余白のところが大事。

市山:なので、今回は日本の修了生で時間がある人達に呼びかけてリモート飲み会をやろうと思っています。何人か喜んでやりますと言ってくれています。

 

――飲み会もリモートですか。でもやらないよりはやった方がいい。

市山:あそこのファンドが応募を開始したとか、こういう企画ならあそこに応募した方がいいとか、そういう情報交換が重要なんで、本当は実際に会った方がいいんですが。

 

――来年はぜひフィジカルに開催を。

市山:日本の状況がこれ以上悪化しなければ出来るような気がします。海外がどうなってるかは分かりませんが。

 写真(上)は市山尚三ディレクター。写真(下)は1030日に行われた開会式で挨拶する審査員長の万田邦敏監督と審査員、右からクリス・フジワラ、坂本安美、エリック・ニアリ、トム・メス(敬称略)。コロナ対策のため、間にアクリル板が置かれている。

930日、西新宿の東京フィルメックス事務局にて)