新「シネマに包まれて」

字幕翻訳家で映画評論家の齋藤敦子さんのブログ。国内外の国際映画祭の報告を中心にシネマの面白さをつづっています。2008年以来、河北新報のウェブに連載してきた記事をすべて移し、新しい装いでスタートさせました。

2016年10月

tokyocinema2016_p_02.jpg -今年の<アジアの未来>部門の特徴は何ですか? 矢田部さんからは移民ものが多くて選択が難しかったというような話を伺ったんですが、こういうテーマが多かったというようなことはありましたか?

 石坂:女性の台頭というテーマは多いです。去年は監督自体が半分女性、今年は2人だけど、インドネシアの特集まで入れると相当多いし、このインドの『ブルカの中の口紅』が象徴的ですが、抑圧とそれをどう突破するか、みたいな映画が多いですね。それから、これはテーマじゃなく、デジタル時代の特徴かもしれないけど、最近モノクロがやたら多い。フィルム時代のモノクロって高いじゃないですか。それがデジタルだとスイッチ1つでモノクロ映像ができてしまう。デジタル時代になって、ちょっと安易にモノクロに走る傾向が目立ってきてます。もちろんラヴ・ディアスとか、今回選んだ『八月』とか、いいものはいいんですが、セピア感に頼りきっているようなものもかなりあって、善し悪しになってる感じです。

 -モノクロにするとアートっぽい感じが出てくるから、あまり考えないで安易に走りすぎる?
 石坂:考えてない作品は、わかっちゃいますね。私は写真もモノクロが好きだけど、モノクロである必然性が逆に問われてくる。

●フィリピンが頭ひとつ抜け出す
 -今年イスラエル映画もありますが、ざっくりアジアを東、南、西と分けると、どうでしょう。東はやっぱりフィリピンですか?
 石坂:フィリピンが頭ひとつ抜け出してますね。もちろんその1つには三大映画祭ですべて受賞しているということもありますが、そういうトップがいるんで裾野も広がってきて、若い人のモチベーションもすごく高い。

 -トップのラヴ・ディアスとメンドーサは別格として、あとの若い世代もどんどん出てきている?
 石坂:コンペのジョン・ロペス・ラナとか、その辺の人たちがどのくらい伸びていくかですが。

 -フィリピンは2本あるんですね?
 石坂:ミカイル・レッドの『バードショット』とアイバン・アンドリュー・バヤワルの『I America』です。シネマラヤ映画祭が去年不祥事があって、いったん新作を作るのをやめたんですが、それがまた復活し、この『I America』がそうだし、東京フィルメックスに来る『普通の家族』というのもシネマラヤで、また元気になってきたんで、黄金時代はしばらく続くんじゃないかな。

 -中国は2本、台湾1本で、中華系が3本ですね。
 石坂:さっきのモノクロの話で言うと、コンペの中国と<アジアの未来>の中国はモノクロです。

●「中間層」が面白くなってきた中国
 -中国は今、モノクロが流行?
 石坂:そうです。それに、ハリウッド化している極大な、マクロの部分と、反体制インディーズの山形やフィルメックスに来るようなものとの二極分裂みたいなイメージがあったのが、だいぶ中間層がふくれてきたという感じです。去年の『告別』というのが内モンゴルだったけど、この『八月』も内モンゴルなんです。

 -プロデューサーがペマ・ツェテンなんですね。
 石坂:そうです。内モンゴルのチャン・ダーレイという新人監督にペマ・ツェテンがエグゼクティブ・プロデューサーで入った。地方というか、少数民族というか、その辺のニューウェーヴみたいな感じがする映画です。12歳の少年が8月の夏休みをどう過ごすかというシンプルな話なんですけど、お父さんが映画撮影所に勤めてて、それが衰退している内モンゴル撮影所で、映画史的な記憶も入ってくるという。

 -去年の『告別』もそんな感じの映画でしたよ。
 石坂:『告別』の監督の推薦です。どうも仲良しみたい。で、そこにチベット派もついていて、この動きは面白追いなと思ってます。今、1990年代をノスタルジー的に作っちゃうじゃないですか、中華圏は。ちょっと豊かになったから昔にいく余裕が出た。だけど、これは違うんですよ。もっとドライで冷めていて、中央中華圏のノスタルジック青春映画ではないところが、やっぱり面白くて。モノクロっていうのもあるし。

●ノスタルジーを追う台湾
 -台湾は?
 石坂:台湾はやっぱりドキュメンタリーがいいんです。『四十年』は音楽ドキュメンタリーで、去年もインドの音楽ドキュメンタリーを入れたけど、ベテランのロックやフォークのおじさんたちがもう1回集まってコンサートをやるという映画です。

 -台湾は結構ノスタルジーの方に行ってますよね。
 石坂:『あの頃、君を追いかけた』以来、そういうのがすごく多い。その中にあって、これはちょっと異色だし、同窓会的なコンサートの裏側を密着取材するドキュメンタリーなんだけど、それこそ少数民族の歌手が出てきて歌ったり、癌で余命があまりない人が出てきたり。アメリカの、それこそボブ・ディランの影響とかがわかる。日本とほぼ同じ、同時代性のようなものを感じます。

 -歌は似ていると思いますね。歌謡曲は美空ひばりとテレサ・テンで括れるようなところがある。
 石坂:私はポップスの同時代性にびっくりしました。
  ついでに言うと、去年の『告別』は北京電影学院の卒業制作だったんだけど、今年のコンペの『ミスター・ノー・プロブレム』はメイ・フォンという北京電影学院の先生で、ロウ・イエの脚本家だった人が初めて監督した作品です。北京電影学院は大学の中に撮影所があって、そういうある種、解放区のようなところで作っているんです。辺境の若い監督たちとか、学校の中で作ってる人たちとか、その辺がすごく新しい動きで面白いなと。

 -その動きは持続しますか?
 石坂:持続してほしいですね。

 -そこがちょっと心配なとこですけど。
 石坂:今年、ヨーロッパの映画祭には軒並み中国映画がなかったでしょ。でも、子細に見てくと面白いのはあるんです。

 -続いて韓国ですけど、プサン映画祭には行きました?
 石坂:行きました。

●アジア全体を学べるプサン
 -どうでした?
 石坂:普通でしたよ、上映そのものに関しては。相変わらず韓国映画が非常にたくさん出るんで、この時期、韓国映画のプレミアを持ってくるのはなかなか難しいという実感があります。今年は幾つかの職能組合が参加しなかったので、やたらインディーズ映画が多かった。それで大スターの華やかな挨拶というのは減ってたと思うけど、インディーズは面白いのと面白くないのとがはっきりしてました。私が見た中では、あんまり当たりがなかった。ただ、全体でアジア映画をすごい数まとまって見られるという意味では相変わらず勉強になりますけど。

 -その難しい中で『ケチュンばあちゃん』を選んだのは?
 石坂:設定は「あまちゃん」みたいな話なんです。おばあちゃんが海女さんで、失踪していた孫が帰ってきて、でもちょっと謎がある、みたいな。で、泣けるんです。映像の実験という意味で選んだ映画もあるけど、これは感情移入ができたという意味で。

 -とすると、<アジアの未来>で何を目指しているかというのがわかりにくいですね。目的は新しい才能の発見であって、傾向はなくてもいいということ?
 石坂:傾向は、私は案外幅広いというか、

 -面白ければいい?
 石坂:2時間なら2時間、納得して、満足できればいいと思って。どっちかというと社会的なテーマが明確な作品が好みかもしれないですが。

 -フィリピンの2本については、どういう視点で選ばれたわけですか?
 石坂:メンドーサ、ディアスに続く才能の発見みたいなことはしてるんです。『バードショット』はミカエル・レッドの2本目で、1本目の『レコーダー 目撃者』というのをやっぱりTIFFでワールドプレミアでやり、今回も取りに行ったんですが、国立公園みたいなところで展開するミステリーです。東南アジアに特有の"森のミステリー"と名付けましたが、なかなかシャープな作品です。『I America』はうってかわって、フィリピンて、すごく尊敬している理由の1つは、アメリカの基地を撤廃したんですよね。アキノ革命のあと、憲法を変えて。しかし、そのアメリカ軍がいた時代にフィリピン女性との間にいっぱい子供が生まれ落ちて、その子たちが成人して、主人公くらいの女の子になっているわけですが、お父さんは帰っちゃえば音沙汰なしということで、蝶々夫人みたいな話に近いですけど。子供の側がアメリカにいる父親を探しに行きたいみたいなことで展開していく話で、実によくフィリピンの現状がわかるという。

 -『I America』はシネマラヤで賞をとっているんですね。<アジアの未来>は他の映画祭で賞をとってもOKなんですか?
 石坂:ワールドプレミアまたはインターナショナルプレミアであればいい。たとえば、中国映画の『底辺から走り出せ』は上海で賞をとっているんだけど、国内の映画祭なので、東京ではインターナショナルプレミアになるのでOKなんです。

●若手主導で活気取り戻したインド
 -インドの映画は?
 石坂:『ブルカの中の口紅』のシュリーワースタウも女性監督で、女性4人の話なので、これも本当に女性映画です。それぞれ学生だったり主婦だったりが、抑圧された現状からどうやってそれを突破していくかっていのを平行して描くという。なかなか達者な映画です。
 インドネシアの『サラワク』も女性の新人監督で。非常にトロピカルな、きれいな映画だけど、少年がお姉さんを探すという旅の話ですが、これも結婚しないで子供を作ったと言うことで女性たちが共同体から排除されて、そこから逃げざるをえないというテーマで、女性監督的な視点があります。

 -インドネシアはガリン・ヌグロホのあと、なかなか目立った人が出てこないですが。
 石坂:2000年がどん底で、年間製作6本まで落ち込んだんですが、旧勢力がみんな引退して、そこから若手が出てきて、今100本くらいに盛り返しています。完全に若手主導ですね。たしかにフィリピンみたいな巨匠はいないけれど、その前段階で、ここから誰が出てくるかというのが今年のクロスカット・アジアの<カラフル!インドネシア>のテーマなんです。

●音楽家が監督に。完成度高い「雨にゆれる女」
 -今年の日本映画は?
 石坂:このところ毎年女性監督だったんです。去年は横浜聡子、その前が杉野希妃で、それはアジアの元気なヤングシネマ・コンペの中に日本映画を入れて、ちゃんと競い合うには、なかなか難しいところがある。今年は半野喜弘さんの『雨にゆれる女』で、半野さんはジャ・ジャンクー作品などに音楽をつけてた人で、音楽家が監督になったということの面白さと、新人らしくない、相当完成度が高い作品で フィルムノワールですけど、これは十分競い合っていけるんじゃないかと。むしろ、アジアは完成度というよりは勢いのある作品が多いから、こういう日本映画を入れていいんじゃないかと。

 -日本映画の立ち位置というのが難しいですね。コンペと、<アジアの未来>と、<日本映画スプラッシュ>とあって、どの日本映画をどこにはめたらいいのか、というのも変だけれども、セレクターの腕の見せ所というか、趣味が現れるところでもあるわけですね。
  今年の審査員は?去年はアルテ・フランスのオリヴィエ・ペールでしたが。
 石坂:韓国のプチョン・ファンタスティック映画祭のトップで、『グエムル』などの映画を作ったプロデューサーのチョ・ヨンベさんと、カナダのトロント映画祭のプログラマーのジョヴァンナ・フルヴィさんと、橋口亮輔監督。

 -今年から何年かチェさんが審査員を続けるんですか?
 石坂:いや、複数年ではないです。ジェイコブみたいに何年もやってもらった人はいますけど。

●日本とアジアの監督のオムニバス「アジア三面鏡」
 -今年、大きく変わった点は何でしょう?
 石坂:『アジア三面鏡』が入ったということと、結果としてだけど、ワールド・フォーカスに長い映画が何本か入ったということで、本数を減らさざるを得なかったということです。ラヴ・ディアスが8時間で4本分、『クー嶺街少年殺人事件』が4時間で2本分なので。やりたい映画はいっぱいあったけど、こういう映画をやるのも映画祭ならではですから。ラヴ・ディアスは、今ハーバード大学のフェローでアメリカにいるんで、とんぼ帰りで来てくれるんだけど、着いたその日の夜中にQ&Aをやって、翌日帰るようです。

 -ハーバードのフェローってすごいですね。そして、今年の目玉、日本とアジアの監督3人のオムニバス映画『アジア三面鏡』ですけど、製作はいかがでした?順調でしたか?
 石坂:いろいろ大変なことはありました。けれども、あがってよかったな、と。

 -次回もやるんでしょう?
 石坂:やります。2年後に。まだ何にも決まってなくて、人選からこれからです。

 -今年、監督を選んで、2年後までに作るということですか?
 石坂:そうです。TIFFが終わってからの作業になりますけど、日本1、アジア2で、今年は東南アジアだったけど、そこにこだわらずに。TIFFとのこれまでのつながりも考えたいし、今回カンボジアのソト・クォーリカーはTIFFで賞をとって抜擢されたという流れがあるので、その辺もTIFFに作品を出すと何かいいことがあるかもね、みたいな雰囲気作りも含めてやっていきたいと。

 -『アジア三面鏡』は東京映画祭的には売りになる?
 石坂:明らかにそうだと思う。メンドーサのエピソードの雪の中のフィリピン人のスチル写真がカンヌで大きく取り上げられたのはよかったなと思ってます。

●興味深いメンドーサ組
 -さすがでしたね、メンドーサは。
 石坂:クルーはすごく少人数なんです。照明なんか全部自然光だし、それからポスプロ(ポスト・プロダクション、撮影後の編集や音響などの作業)。完成版を見て一番びっくりしたのは音で、こんなに強調されるんだと。音は全部後で加工してるんです。決してリアリズムというか、録ったまんまじゃない。それから、その場にいるものは全員スタッフもキャストで使ったり。

 -石坂さんもプロデューサーも出てましたね。
 石坂:インディーズのお手本みたいな作り方でしたね。メンドーサ組に接してみてわかったんだけど、師匠のところにほぼ住み込みで"メンドーサ・ボーイズ"が働いているわけ。レストランも経営してるから、そこで働きながら、師匠に稽古をつけてもらうという、ほとんど落語の師匠と弟子の世界。弟子のレイモンドなんて、もうカンヌの短編のコンペにこの間入って、これがまた、堕胎された嬰児の死体を扱う闇のビジネスの話で、師匠真っ青なのを撮って、審査員長が河瀬直美さんだったから賞は獲らなかったけど、ちゃんとそういうのが育ってきてる。

 -そういう世界は日本にはないね。
 石坂:日本では逆に伝統芸能にはあるんだけど。

 -映画が伝統芸能になってるんだね、フィリピンて。
 石坂:これはメンドーサ組に接して、すごいなと思った。

 -メイキング・オブが最後にちょっとついてるじゃないですか?あれで一番楽しそうなのがメンドーサ組だった。
 石坂:そうそう。雪が楽しくてしょうがない。行定チームのマレーシアのスタッフも本当に楽しそうだった。今回は2カ所はロケまでついていったんだけど。

 -帯広以外にも?
 石坂:帯広とペナン島。カンボジアは行かなかったんで、わからないけど、2つについて言えば、本当にアジアの映画人て楽しそうに映画を作るなっていう。私は映画大だし(日本映画大学教授)、日本の現場もいっぱい知ってるけど、本当にピリピリしてる。それは善し悪しだろうけど、映画ってこんなに楽しく撮るんだな、昔の日本映画の現場も、こんなだったんだろうかとか、ちょっと思っちゃった。

 -『三面鏡』でスタッフの交流もしてみたらいいかもしれない。監督は子飼いのスタッフを使いたがるかもしれないけど、インターンみたいな形でスクランブルしたら、勉強になるんじゃないかな。せっかく合作するんだったら、そういう形の交流があってもいいかも。ポスプロだけじゃなくて。
 石坂:現場はだいぶ多国籍な状況が見られたけど、もう少し技術パートとか、明確な目的を持って、入りまじってみるのはありかもしれない。

 -で、『アジア三面鏡』は、映画祭で華々しくお披露目と。上映はオープニングで?
 石坂:2日目です。その後は制作国で上映することと、あとは海外展開で、今いろんな国際映画祭にアプローチを始めているところです。

 写真は<アジアの未来>部門のプログラミング・ディレクター、石坂健治さん(10月17日、東銀座の東京映画祭事務局にて)

tokyocinema2016_p_01.jpg 第29回東京国際映画祭が今年も六本木のTOHOシネマズを中心に、10月25日から11月3日まで開催されます。一時はどうなることかと思った予算も少しずつ戻ってきて、今年は日本映画の特集が、従来の<日本映画スプラッシュ>の他に、<ジャパン・ナウ>、<日本映画クラシックス>と3つに増え、<ユース>という青少年向きの映画を集めたセクションができたり、六本木ヒルズアリーナでの屋外上映があったりと企画は増えているようです。とはいえ、映画祭の柱はコンペティション部門にあります。今年も東京国際映画祭の2つの柱、コンペティション部門とアジアの未来部門のプログラミング・ディレクターにお話を伺いました。

 -去年は『ニーゼ』が東京グランプリを獲って、配給も決まりましたが、 矢田部さんは受賞結果に満足ですか?
 矢田部:ほぼ思った通りではありました。ただ、『ニーゼ』がグランプリを撮るとは思わなかったですね。女優賞は十分ありえると思ったんですが。予想は外れましたが、納得の結果でした。

 -今年のコンペのラインアップは?
 矢田部:基本的に一昨年くらいから、やり方が固まってきていて、もちろんプレミア度を意識した秋の新作というところから、世界を極力網羅することと、監督の個性を重視するのはもちろんなんですが、若手から中堅、ベテランに行く前の中堅の監督を意識しているんですが、今年はそういった実力派の監督に加えて、ちょっと不思議な、特異なバックグッラウンドを持っている新人の監督作品というのが幾つか入って、バラエティに富んだラインアップができたんじゃないかなと思います。

 -本数は去年と同じですね。
 矢田部:去年から16本になりました。というのは去年から映画祭が1日増えたんで。やっぱり西欧、東欧、北欧、ちょっとユーラシアがあって、ロシア、北米、南米で、西アジア、東アジア、日本という地域ごとに選んでいくということを、特に去年くらいから意識して、その中でプレミア度の高いもの、監督の個性が目立っているもの、というような選び方になってきました。

 -そういう風に全世界を網羅しようとすると、地域によって作品の出来に差が出てきませんか?
 矢田部:今のところは出てきてないですが、今後、出てくる可能性はもちろんあります。ただ、網羅と言っても16作品しかないので、それぞれの地域で作られている作品の多さを考えると、そんなにレベルがバラついてくるということはないです。北欧といっても北欧から1本ですから。

●ワールドプレミア、寂しすぎても困る客席
 -東京映画祭は秋の終わりの方でハンデがある。それと、たぶん上の方からも一般受けのする粒度の大きなものをという期待もあるだろうし、映画ジャーナリズム的にはアーティスティックな面を考えなければいけない。難しい選択を迫られているな、というようなことを去年の受賞作品を見ながら考えていて、この辺が東京映画祭の落としどころかなと、納得と寂しさと両方感じたんですけれども。
 矢田部:おっしゃることはとてもよくわかります。納得の部分を信じて評価していくのが方向性かなというところが思うところではありますね。

 -観客が来る来ないで選び方に手ごころが加わることがあるんですか。上からの集客的なプレッシャーもあるでしょうし。
 矢田部:上の方からの興行的なプレッシャーは、びっくりするほどないです。ただ、今年は大きなEXシアターという会場を使うんですよ。800キャパくらいのところを。ゲストを連れていくので、ワールドプレミアの作品で客席が埋まってないことはとても恐ろしいことなので、ある程度、入る作品をやりたいなあと自分でも思ったりしますし、ある程度商業性といったら変ですが、見た目感のある作品も入っていた方がバランスがよくなるなと。これは本気で思うんですね。

 -映画祭だからスターを見たいと思う人が多いのは当たり前ですが、映画祭らしい華やかな面をコンペティションで出すとなると、どうしてもそういう風になる?
 矢田部:例えば、レハ・エルデムの『ビッグ・ビッグ・ワールド』なんて非常に美しいですけれども、まあ、チケットが数百枚も売れるかと言ったら、そういう作品ではないけれども、それは関係ない、というように選びますし、逆に香港の『シェッド・スキン・パパ』は香港コメディーだけど、ルイス・クーとフランスス・ンが出てて日本の佃典彦の戯曲が原作でワールドプレミアで、これはコンペいいじゃない、というような考え方のときも当然あります。

●充実の東アジア勢

―そういう面でもバランスがとれている?
 矢田部:バランスは見てますね。

―<アジアの未来>という部門があるので、アジア映画を選ぶのは大変かもしれませんが、アジア的にはどうでした?
 矢田部:かなり満足です。<アジアの未来>があっても、石坂さんとは常に連携して選んでいるので、そこのやりにくさはまったくないです。まずフィリピンのジュン・ロブレス・ラナの『ダイ・ビューティフル』は、数年前に『ある理髪店の物語』でユージン・ドミンゴさんが主演女優賞をとり、その前の『ブワカウ』という作品は当時の<アジアの風>に出てて、その年のアカデミー賞のフィリピン代表になった作品だったりとか、この監督自体が今フィリピンで最も期待される若手監督なので、2年くらい前から新作の話をしてたんです。「出来たら見せてね」と言ったら、彼の方から8月の終わりに「出来た!」と言って持ってきてくれて、ちょっとびっくりするくらい面白い作品だったんで、とても嬉しいなと。中国の『ミスター・ノー・プロブレム』はロウ・イエの脚本家で、『スプリング・フィーバー』で脚本賞をとってるメイ・フォンの初監督作品だというんで、これをよく東京のコンペに持ってきてくれたなと。新人作品なので、もちろん<アジアの未来>の資格もあるんですが、ロウ・イエと4本くらい一緒に撮っている人なんで、これはコンペでやりたいな、と。すごく風格のある作品です。中国のこういった良質のアート作品は本当に減ってきたので、数少ないアート作品を複数の映画祭で取り合うという状況がここ数年顕著になってきたんで、そのなかで、これがよく東京に来てくれたな、と、これは本音で思っています。香港の『シェッド・スキン・パパ』は、まったく違うタイプの商業映画なので、今年の東アジアのコンペの布陣は誇れると思います。

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