新「シネマに包まれて」

字幕翻訳家で映画評論家の齋藤敦子さんのブログ。国内外の国際映画祭の報告を中心にシネマの面白さをつづっています。2008年以来、河北新報のウェブに連載してきた記事をすべて移し、新しい装いでスタートさせました。

2016年05月

2016_10_01cannes_photo.jpg 5月22日夜、主会場リュミエールでコンペ部門の授賞式が行われました(結果はこの欄の最後をご覧ください)。プレスの評価の審査員の評価が食い違うのは当然のことですが、その差が今年ほど大きかった年はないように思いました。

 2度目のパルム・ドールを手にした『ダニエル・ブレイク』は、福祉行政の理不尽さを告発する社会派ローチの面目躍如の作品。昨年の『ディーパンの闘い』の移民というテーマ同様、社会的なテーマ性を持った作品がパルムを獲るという最近の傾向を示すものだと思います。

 グランプリの「まさに世界の終わり」は、不治の病に罹った主人公が、長年疎遠だった家族に別れを告げにいくという物語を、ガスパール・ウリエル、ナタリー・バイ、ヴァンサン・カッセル、マリオン・コティヤール、レア・セドゥというフランスのオールスター・キャストで描いたもの。デビュー以来、世界の注目を集めてきた期待の星のドランですが、いがみ合う家族というテーマも新鮮味がなく、演出も単調で、私はあまり感心しませんでした。

 監督賞をムンジウとアサヤスの2人に、ファルハディの『セールスマン』に2つの賞を出すという変則的な結果は、審査員の中でかなり意見が分かれた結果だと思います。

 コンペの中で私が好きだったのはジム・ジャームッシュの『パタースン』、ポール・バーホーベンがイザベル・ユペール主演でフランスで撮った『彼女』、相変わらずキッチュな映像で魅せるニコラス・ウィンディング・レフンの『ネオン・デーモン』、ギロディ的世界が炸裂するアラン・ギロディの『まっすぐ立つこと』でしたが、どの作品も見事に賞に絡みませんでした。こんな年もあるものです。

 写真は見事2度目のパルムを手にしたケン・ローチ監督、右はプロデューサーのレベッカ・オブライエンさんです。

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2016_09_01cannes_photo.jpg 5月21日の夜、ある視点部門の授賞式が行われ、深田晃司監督の『淵に立つ』が見事2席の審査員賞を受賞しました。もう1本の日本映画『海よりもまだ深く』は、是枝裕和監督の抜群の知名度と、昨年ある視点のオープニング作品だった『あん』での名演がカンヌでも評判だった樹木希林さんの出演とあって、多くの観客を集めて大変な人気でしたが、女優のマルト・ケラーを長とする審査員は、地味ながら強いテーマを持った『淵に立つ』の方を高く評価してくれました。

 1席の『オリ・マキの人生で一番幸せな日』は、1962年の夏、ヘルシンキで行われるフェザー級タイトル・マッチを目前に、恋に落ちてしまうボクサーをモノクロームで描いた作品だそうですが、残念ながら未見。

 特別賞の『レッドタートル ある島の物語』はオランダのアニメーター、マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督の10年に及ぶ努力の成果で、日本のスタジオジブリが制作にかかわっています。

 写真は、授賞式後の壇上で握手をかわす深田監督とデュドク・ドゥ・ヴィット監督。

●ある視点部門受賞結果

 ある視点賞:「オリ・マキの人生で一番幸せな日」ユホ・クオウスマネン
 審査員賞:「淵に立つ」深田晃司
 監督賞:マット・ロス「キャプテン・ファンタスティック」
 脚本賞:デルフィーヌ・クーラン&ミュリエル・クーラン「ストップオーバー」
 特別賞:「レッドタートル ある島の物語」マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット

2016_08_01cannes_photo.jpg 監督週間で、アフガニスタンの『狼と羊』という映画を見ました。監督のシャフルバノー・サダトはアフガニスタン初の女性監督で、これが長編デビュー。まだ26歳の若さです。映画は戦争前のアフガニスタンの村を舞台に、子供たちの毎日をスケッチ風に描いたもので、特に大きなストーリーはありません。上映後の監督とのQ&Aによれば、戦争のない、平和な時代の人々の暮らしを描きたかったとのこと。それでも最後は戦火が迫って村を捨てて逃げ出すところで終わっています。20日に発表になった監督週間部門の賞で、『狼と羊』は見事1席にあたるアート・シネマ賞を受賞しました。

 写真は上映後のQ&Aの模様で、この映画をアフガニスタンの人は見たのかという質問に、以前は野外映画館があったが、今は駐車場になってしまい、映画館自体がないので、上映するとしたら大使館や集会所を使わせてもらうことになる。テレビで放映するにしても放映料を払わなければならないので不可能、とのことでした。困難な状況の下で映画を撮り続けようとするサダト監督は、体は小さいが大きなガッツを持った女性でした。

2016_07_01cannes_photo.jpg 最終日の2日前、20日の午後3時に、映画祭開催後に追加で特別上映されることが発表になったベルナール=アンリ・レヴィの「ペシュメルガ」の公式上映がパレ内のサル・バザン(映画批評家アンドレ・バザンの名を冠した、リュミエール、ドビュッシーに次ぐ500席程度の上映会場)で行われました。この日は朝の上映前のリュミエールを警察が探索したり、制服姿の警察官がいつもより目立つなど、ピリピリとした雰囲気が漂っていましたが、それはこの上映のためだったことが行ってみてわかりました。

 ペシュメルガとはクルド自治政府に属する戦闘部隊のこと。映画はダーイシュ(イスラム国)と戦うペシュメルガの最前線を南から北へたどるルポルタージュで、実際の戦闘や、ダーイシュの占領地域をドローンで撮った映像などが出てきます。会場にはペシュメルガの将校やクルド自治政府の要人が登場。壇上で世界最悪のテロ組織と戦うクルド人の悲願である独立に支持を求める声明が読み上げられました。

 カンヌ映画祭はこの映画を公式上映作品に選んだことで、テロ組織に対して宣戦布告をしたのも同然。もちろんテロとの闘いを表明しているフランス政府の指示もあって、余計な緊張を高めないよう、この映画の上映を会期が始まるまで待って発表したのでしょう。パレの入口とバザンの入口で2度のボディチェックを受けるものものしさでした。

 写真は上映前の挨拶の模様で、中央で手を挙げているのがベルナール=アンリ・レヴィ、すぐ右の小柄な男性が彼に付き添ったカメラマン、その右が(私の理解が正しければ)声明を読み上げたペシュメルガのプレジデントです。

2016_06_01cannes_photo.jpg パブロ・ララインの映画を初めて見たのは2010年のヴェネツィア映画祭で、作品は『検死』。アジェンデ政権がクーデタで倒れた時期を舞台に、死体を検視する医師の目から軍の弾圧を描いた映画でした。続いて、ピノチェトの独裁制を倒すことになる国民投票のキャンペーンを米国仕込みの宣伝戦略で可能にしてしまう宣伝マンを主人公にした『NO』は2012年の監督週間で上映され、このときはスペイン語圏の友人たちのほぼ全員から見るように薦められたのでした。そして昨年ベルリン映画祭で銀熊賞を獲った『クラブ』は、聖職者の犯罪をテーマにしたブラックユーモアたっぶりの作品で、昨年のベルリンで私が最も好きだった1本。ということで、今年の監督週間で上映されるララインの最新作『ネルーダ』を見るのがとても楽しみでした。

 パブロ・ネルーダはノーベル文学賞を受賞したチリの国民的詩人で政治家。映画は1948年、ビデラ政権によって共産党が非合法化され、共産党員で上院議員のネルーダにも逮捕命令が出て、警察に追われながら、やっとのことで国外逃亡を果たすまでを描いています。面白いのはネルーダと彼を逮捕しようとする刑事を対比しながら交互に描いているうちに、ネルーダの詩を媒介にして、追われる者と追う者が次第に共鳴していくところ。ネルーダの国外逃亡は史実ですし、彼を追う刑事も実在の人物だそうですが、ララインは現実にとらわれず、まるで詩のような映画にしていました。

 写真は13日に行われた上映前の舞台挨拶の模様で、左からパブロ・ラライン監督、ネルーダ役のルイス・ネコ、ネルーダの妻役のメルセデス・モラン。刑事役のガエル・ガルシア・ベルナルで、ベルナルは『NO』に続く主演です。

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