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今年の審査員と受賞者。左からヴァレリ=アンヌ・クリステンセンさん、ファテメ・モタメダリアさん、秦早穂子さん、ソン・ファン監督、アミール・マノール監督、ダン・ファイナウさん、SABUさん。

 12月1日の夜、有楽町の朝日ホールで授賞式が行われました。今年の受賞作は、最優秀作品賞がイスラエルのアミール・マノール監督の「エピローグ」、審査員特別賞が中国のソン・ファン監督の「記憶が私を見る」、観客賞は特別招待作品のキム・ギドク監督「ピエタ」、学生審査員賞は高橋泉監督の「あたしは世界なんかじゃないから」に決定しました。

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学生審査員と高橋泉監督(左から2人目)

 「エピローグ」は、建国の理想を忘れ、右傾化したイスラエルの現実に絶望した老夫婦の最後の日々を描いたもの。「記憶が私を見る」は、里帰りした"私"が年老いた両親や友人たちと交わす会話を通じて、失われた過去の時間を蘇らせていくもの。両作品ともこれが長編デビューという若い監督の作品でありながら、老人を主人公に、時間と記憶、悔恨という共通のテーマを持った作品でした。

 イスラエルと日本の外交関係樹立60周年を記念してイスラエル特集が組まれた今年のフィルメックスは、奇しくも開催直前にパレスチナとの間で戦闘が起こったり(11月21日停戦)、会期中の11月30日には国連でパレスチナを「国家」に格上げする議決がなされるなど、現在の激動する中東情勢を如実に反映する年になりました。とはいえ、上映された映画には、力で中東を圧倒しようとする強権国家イスラエルの姿はどこにもなく、むしろ、ニュースの下に隠れた普通の人々の苦悩を垣間見せてくれたように思います。これは今年の東京国際映画祭でグランプリを受賞した「もうひとりの息子」にも言えることでしょう。

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タレント・キャンパス・トーキョーの参加者と講師陣。前列右で盾を持っているのが今年の受賞企画、「The Road」のプロデューサー、中国のリー・シャンシャンさんです。

 「エピローグ」のマノール監督は、上映後のQ&Aで"映画を作ろうと思い立ったきっかけは2008年の経済危機のときに年金を失い、絶望して160人もの老人たちが自殺した事件だった。無私の精神でイスラエルの建国に尽くした老人たちが今は忘れられている。かつてのイスラエルには理想があったことを知らない若い人たちに、ルーツの探求とそれを繋ぐという意味で、この映画を作った"と語っていました。

 今年は抜きんでた映画がなく、2賞とも審査員の全員一致で決定したというわけではなかったようですが、「エピローグ」も「記憶が私を見る」も、老夫婦、家族という身近な人々を真摯に見つめることによって、社会への批判と人生の尊さを描き出した佳作だと思います。