映画祭開幕2日目の28日、北野武監督の「アキレスと亀」の上映が行われました。今年、日本からは北野監督の他に、宮崎駿監督の「崖の上のポニョ」、押井守監督の「スカイ・クロラ」の3本もがコンペに並ぶという異例な年です。
北野監督は1997年に「HANA‐BI」で金獅子賞を、2003年に「座頭市」で監督賞を受賞している、いわばヴェネチアの常連。イタリアにファンも多く、このレポートでも何度かお伝えしているサルデーニャ島サッサリの北野武ファンクラブの面々が、お馴染みの"映画の神様、北野武"と書かれたお揃いのTシャツに、今年は「アキレスと亀」の扮装に合わせた海老茶色のベレー帽を被って、殿の行く先々で"出待ち"をしていました。これには監督も驚いたようで、「ベレー帽を被って待っててくれて、とても感動した」と語っていました。
「アキレスと亀」は、絵画の収集が趣味の裕福な父親(中尾彬)の影響で、画家になる夢を持つようになった真知寿が、父親の事業が失敗し、孤児になり、叔父(大杉漣)の家や孤児院を転々とし、やがて働きながら美術学校に通い、印刷所で知り合った幸子(麻生久美子、樋口可南子)と結婚し、二人でアートを追及していく物語。
あらゆる絵画のジャンルに果敢に挑戦するも、1枚も絵が売れたことのない真知寿(少年時代を吉岡澪皇、青年時代を柳憂怜、中年以降をビートたけしが演じる)の才能については、北野監督は何の言及もしていません(映画に登場する絵はすべて監督自身の作品です)。貧乏のどん底で、憑かれたように絵を描き続ける真知寿を通して、絵が売れるか売れないか、有名であるかないかという世俗的な評価を笑い、創造の魔力にとり憑かれることの恐ろしさを描こうとしているように私は思いました。
監督は「この映画は"芸術残酷物語"」と自嘲気味に語っていましたが、自分を死の縁にまで追い込んで、そこに生まれるものを得ようと格闘する真知寿と、夫に従いながら、いつのまにか自分でも創造の楽しさを発見していく妻の姿は、なにやら桃源郷に遊ぶ仙人のようにも見えてくるのです。日本では9月20日に公開されるそうですので、ヴェネチアの観客が大笑いしながら拍手した真知寿の衝撃の芸術創作シーンを、皆さんもぜひ。
(齋藤敦子)
写真:公式記者会見の際、同時通訳を聞くためのヘッドセットと格闘する北野武監督と樋口可南子さん