新「シネマに包まれて」

字幕翻訳家で映画評論家の齋藤敦子さんのブログ。国内外の国際映画祭の報告を中心にシネマの面白さをつづっています。2008年以来、河北新報のウェブに連載してきた記事をすべて移し、新しい装いでスタートさせました。


2023filmex_vidual●開催が決まるまで

今年、開催が危ぶまれていた東京フィルメックス。

内部でいったい何があったのか。開催決定に至るまでの状況を、理事長である市山尚三さんにうかがいました。

 

――今年はTIFFとフィルメックスは別々に開催するんですね。

市山:今年は1028日,29日の週末に朝日新聞の大事なイベントが入っててベタで押さえられない、ここはいいけど、ここはダメみないたところがあるということで、押さえられたのが今発表している期日のところだったんです。公式な理由としてはそこです。

 

――私が聞いたところでは、予算の関係とか。

市山:予算はあるんですが、朝日ホールを使えない日が出てきた。そもそもTIFF開催期間の朝日ホールを押さえてなかったというのが一番の大きな理由です。

 

●開催場所・日程の調整で難航

――毎回、次の年の開催期間を押さえてるんじゃなかったでしたっけ?

市山:本部企画とかが入るとダメなんです。今年も1119日から押さえましたというんで、なぜといったら18日に落語が入ってた。そういう肝いりの企画が入っているとそっちが優先され、それがまん中に入ると、全期間通して使えない。朝日ホールはスクリーンを張り替えたり、いろんな作業があるんで、1回撤収してからまた入ると、また半日使えないみたいなことになり、しかもお金は全額払わなきゃいけない。

 

――市山さんは今、フィルメックスにはノータッチなんですか?

市山:去年は完全にノータッチだったんですが、金谷重朗君が辞めたんで、今年は完全にタッチしているというか(笑)、プログラミングは神谷直希君がやっているんだけど、今のスタッフで出来ないところを僕がやってる感じです。

 

●資金難も影響

今年は開催できるかどうかも危機だったんです。6月くらいまでに(資金が)集まらなかったら、今年は中止せざるをえないみたいな話まであったんですけど、今年は文化庁が中規模映画祭の助成金というのを始めた。それは芸術文化振興基金じゃなくてダイレクトに助成するというものです。ただこれは助成をとれる映画祭は5つくらいに限られていて、フィルメックスとか山形とか、幾つかの映画祭がもらった。興味があれば、文化庁のHPを見ていただければ出ているはずです。それと東京都がまたまたイレギュラーに助成金を始めたんです。東京都は今までタレンツ・トーキョーには全額出しますと、これはいいんですが、それ以外に、オリンピック前にオリンピックのCMを流すというのが条件の助成があって、それが結構出てたんですが。それがオリンピック後になくなって、この2年間くらいまったくなかったんだけど、今年また復活したんです。それで文化庁と東京都から助成が入った。あとはシマフィルムとその他の寄付金を合わせれば何とか出来るということになり、それでGOを出したということです。来年度についてはわかりませんが、とりあえず今年は文化庁と東京都で資金が確保できたんで、できることになりました。

 

●客が入らない悩み

ただ、やっぱり朝日ホール8日間というのはかなり厳しい。しかも、平日にやってもお客さんが入らないんです。あそこまで広いところでやる必要はない。と言えば、そんな諦めていいのかということなんだけど、平日の昼間にイスラエルとか中東の映画をやってもガラガラなんで、それで今年は最初の3日間をヒューマントラストシネマ有楽町でやって、5日間を朝日ホールでやることにしました。ちょっと変則的なんですけど。

 

――朝日ホールがいっぱいにならないのは前から分かってたんじゃないですか?でも、あのくらいの広さが欲しいとも言ってた気がする。

市山:入るものは入るんですよ。

 

――特に日本映画は。

市山:今年は去年よりは入りますよ。日本映画も。去年はとにかく満席になったのが1本もなかったんです。一昨年は塩田明彦監督の映画でアイドルが来たのと、濱口竜介監督の『偶然と想像』と、香港の『時代革命』で、3作品満席だったんですが、去年はとにかく1本も満席にならなくて、入場料収入も激減して、しかも芸文振の助成金が半減してという、底の状態でした。

 

●客の入り楽しみな日本映画

――踏んだり蹴ったりだったんですね。

市山:今年のラインアップの中には、僕が見る限り、3本は満席になるだろうというものが入ってます。

 

――今年はTIFFと重ならないから、TIFFへ行く人も来てくれるし。

市山:実は統計を取ってみたんです。TIFFと重なってるときと重なってないときがあるじゃないですか、それでフィルメックスのスタッフが統計をとったら、変わってなかった。ただ、プレスの人たちは増えてた。

 

――でも、それは作品によると思うな。

市山:たぶん去年は作品が弱かったんだと思います。核になるようなものがなかった。オープニングがジャファル・パナヒで、クロージングがリッティー・パンだったでしょ。両方とも確かに巨匠ではあるけれど、日本で満杯になるような監督たちじゃない。じゃあ他に何か逃してたかといえば、逃してた作品もあまりないような気がする。東アジア系の映画が凄く少なかったし、あっても、そんなに入るようなものがなかった。去年はラインアップが悪かったというよりは、それぐらいしかなかったのかもしれない。逆に今年は少なくとも34本は満杯になりそうなものがある。

 

●来年につながる数字を

――では、今年は来年につながるような数字を出しておかないといけないですね。

市山:そうなんですよ。数字もそうだし、お客さんへの見え方というか。

 

――存在意義のようなものをもう少しアピールした方がいいですね。

市山:そうなんです。

 

――市山さんはTIFFへ来ちゃったし、TIFFでも十分面白いアジア映画が見られるからフィルメックスはいいやという風にならないか最初から心配してたんです。

市山:今年は面白い映画がありますよ。あえてTIFFでやってない映画がある。

 

――忖度した?(笑)

市山:してないけど、やっぱりフィルメックスでやった方がいい映画がある。TIFFはガラとかコンペだと大きなスクリーンでやるんだけど、ワールドフォーカスになるとシャンテとかヒューマントラストシネマ有楽町になってしまう。満席にはなるけど、それ以上の観客は見られない、ということがあるんで、そういうのはフィルメックスで。

 

――フィルメックスの方がちょっと広い。

市山:600ありますからね、朝日ホールは。

 

――シャンテは200

市山:220席ですね。

 

――映画によっては満杯な感じになるからいいんだけど。

市山:マイナーな国の映画だと、あれがちょうどいい。本当はフィルメックスのコンペでやっているような映画はシャンテでやった方がいい。コロナのときにシャンテを借りたことがあったんですが、あのときにすごくいいと思ったのはリッティー・パンの映画で満席にはならなくても、それなりに人がいる感じがする。

 

――映画は大勢の観客と一緒に見た方が楽しいですから。今年はフィルメックスの情報が出てくるのが遅かったんで、やるのかやらないのかハラハラしました。

市山:それは都の助成金が決まったのが遅くて、6月いっぱいくらい、やるかやらないか決まらなかった。一応、7月の1週目に、都から結果が来たんで、これでやろうということになった。

 

――とりあえず、明後日(104日)に記者会見がありますね。

市山:今年はフィルメックスのコンペもかなりクオリティが高いです。

 

                                                        102日、東銀座の東京国際映画祭事務局にて。

kamiyadirector202324回東京フィルメックスが20231119日開幕しました。神谷直希ディレクターにことしの見どころなど聞きました。(字幕翻訳家・映画評論家 齋藤敦子)

 

――今年は、渋谷で開催されるプレイベントが新しいところだと思うんですが、プレイベントの構想はいつ生まれたんですか?

神谷:本当のことを言ってしまうと、春にやろうと思っていた企画なんです。ただ、やることは決まっていたんですが、半額助成なので自己資金が必要で、春には自己資金が尽きてたのでやれなかった。企画自体は手元にあったので、気を取り直してプレイベントとしてやりましょうということになりました。最終的に今年の開催にGOサインが出たのが7月下旬ですが、プレイベントの構想自体はあったので、GOが出て準備するだけだったんです。

 

●旧作中心にペマツェテン監督の追悼

――このプレイベントは来年も続くんでしょうか。

神谷:これはもう言ってしまっていいと思うんですが、来年の1月下旬から2月上旬にかけて、ペマツェテン監督追悼上映をヒューマントラストシネマ有楽町で予定しています。昨日(111日)たまたまペマツェテン監督の「雪豹」が東京国際映画祭で大賞を受賞しましたが、旧作を中心に過去作の特集上映をする予定です。その後のことはフィルメックス自体もやれるかどうかわからないので、決まっていません。

 

●レベル高いタレンツ・トーキョーの修了生の作品群

今回のプレイベントはタレンツ・トーキョーの修了生が関わっている作品ということでやっているんですが、どれも日本で上映されている作品なんです。それは経費の問題で、字幕がついていると経費が大幅に減るので、そういうラインナップになっています。今年プログラミングをしていて、コンペティションの「タイガー・ストライプス」のアマンダ・ネル・ユー監督や、「冬眠さえできれば」のゾルジャルガル・プレブダシ監督、メイド・イン・ジャパンの「Last Shadow at First Light」のニコール・ミドリ・ウッドフォード監督、「広島を上演する」の三間旭浩監督もタレンツ・トーキョーの修了生なんです。他にもタレンツ修了生の作品がかなりあって、例えば、ベルリンのジェネレーションに入った「トゥモロ-・イズ・ア・ロングタイム」という作品や、ロカルノの新人コンペに入った「ドリーミング・アンド・ダイイング」という作品、プサンのニューカレンツにも修了生の作品が3本入っていますし、サンセバスチャンのメイン・コンペで監督賞を獲った台湾の「春行」も修了生の作品で、どれもクオリティーが高く、枠があればフィルメックスでやりたい映画が結構あったんです。なので、野望としては、予算があれば字幕をつけて凱旋上映じゃないですけど、そういった企画はやりたいです。プレイベントかどうかはともかく、78本のプログラムは組めて、クオリティーもかなり高いものが出来るんじゃないかなと思います。たぶん1000万単位のお金が必要になると思いますが。

 

●修了生との交流を

――今回のような映画祭の前にプレイベントとして開催するとか?

神谷:それもいいですし、本開催と同時期に出来て、監督も呼べれば。

 

――タレンツ・トーキョーに来る人たちと修了生との交流ができて、すごくためになる。

神谷:そうなんですよね。そういうのが出来るといいなと。

 

――それはすごくいい企画になりそうですね。今年のプレイベントもギリギリになって決まったわりにはとてもいい企画だと思います。

神谷:流れとしては、そういう感じでした。正直に言っちゃうと(笑)。

 

――ではコンペティションの映画の方からうかがいたいと思います。

神谷:今年は8本で、主会場の朝日ホールが5日間になったので、本数を減らさざるをえなくなりました。

 

――コンペの8本はわりとすんなり決まったんですか?

神谷:そうでもないです。ヴェネツィア、トロントくらいの時期までは、いろいろ保留にしていたんで。

 

●アリ・アフマザデ監督の「クリティカル・ゾーン」

――では、1本ずつ伺います。アリ・アフマザデ監督の「クリティカル・ゾーン」はロカルノ映画祭で金豹賞を獲った映画ですね。これはどういう映画ですか?

神谷:スチル写真を見ていただければ分かるんですが、ゲリラ的に撮られた映画です。監督はロカルノの時点で海外渡航が禁止されていたので、東京にもたぶん来られないと思います。内容は、ドラッグ・ディーラーが主役の話で、車に乗って、いろんな人にドラッグを売りに行く過程で、主に社会の底辺にいる人が多いんですが、ドラッグを売り買いしつつ、だんだん売人が超人めいた雰囲気を帯びてくる。救世主みたいな。そういうシュールリアルなところも出てくる映画です。

 

――ただの社会問題を扱っているのではない?

神谷:対象としてはそうなんですが、ただ、体制に逆らっているという感じは如実に出ていて、最初からイランで公開する気はないという感じの映画になっています。

 

――マレーシアの「タイガー・ストライプス」は沢山の国が製作に入っていますが、元はマレーシアですか?

神谷:アマンダ・ネル・ユー監督はマレーシアの方です。2018年にタレンツ・トーキョー・アワードで企画賞を獲った作品がやっと映画になりました。

 

●ボディ・ホラー的な「タイガー・ストライプス」

――ある意味で凱旋?

神谷:いろんな国から助成金をもらっているので、その国その国で凱旋になると思います。

 

――イスラム教系の学校に通う女の子の話ですね。

神谷:思春期を迎えて体が変化してくる、それが友達の間で一番早く現れてきて、最初は珍しがられるけど、だんだん疎外され、いじめを受けるようになって、体の変化がそのままに留まらず、本当に獣のような変化になっているんじゃないか。そこのところがボディ・ホラー映画のような感じに描かれています。社会的な抑圧と個人の問題が主に描かれるところではあるんですが、描き方がちょっと変わっていて、面白いです。

 

――ベトナムのファム・ティエン・アン監督の「黄色い繭の殻の中」はカンヌに出ていましたね。

神谷:監督週間に出品され、カメラドールを受賞しました。

 

――これはどういう作品ですか?

神谷:上映時間が3時間あるので構えちゃう人もいるかもしれませんが、長編1作目とは思えない風格のある作品です。ゆったりとした流れの中で、長回しが多くて、1カットの間にいろんなことが流れるように入ってくる。情報量としては多いんですが、作品の流れとしてはすごくゆったりしています。ちょっとアピチャッポンみたいな監督の系譜になるかもしれません。だんだん現実と現実じゃないもの、夢とか夢から覚めているときが混濁してくる。

 

――モンゴルのゾルジャルガル・プレブダシ監督の「冬眠さえできれば」は?

神谷:これは「タイガー・ストライプス」がタレンツ・トーキョー・アワードを獲った2017年に続いて、翌2018年に同賞を獲った企画の映画化です。

 

●厳冬下の子どもたちを描く「冬眠さえできれば」

――これも凱旋ですね。東京へ来るのは嬉しいんじゃないですか。

神谷:「タイガー・ストライプス」の監督は来られるんですが、モンゴルのプレブダシ監督は妊娠されてて、ちょうど渡航が難しい時期に入ってしまうので、カンヌは行かれてたんですが来られないんで、すごく残念がっていました。桜美林大学でも学ばれている監督なんで、日本語も出来るんです。お母さん役の女優さんが来ます。「誰も知らない」みたいに、お母さんが出て行っちゃって、子どもだけでマイナス20度とか30度になる冬を乗り越えなきゃいけないっていう厳しい現実が描かれるんですけど、それでも楽観的なムードが感じられる作品です。それが監督の人柄なのかどうかは分からないですが。

 

――続いてウー・ラン監督の「雪雲」ですが。

神谷:ちょうど短編「短片故事」がヴェネツィアに出たので、それと併映します。短編の方はコンペ外ですが。「雪雲」は基本メロドラマです。監督は映像派で、あまり説明的な描写はなく、映像で引っぱっていく。リー・カンションが出演しています。スチルに小さく映っている男性がリー・カンションで、元になった短編の「雪雲」にも出ています。

 

――蔡明亮監督と何か関係があるんですか?

神谷:私の知っている限りでは関係はないと思います。リー・カンションさんは俳優として結構いろんな映画に出ているので、そのうちの1本です。作品選びには蔡明亮監督の意見が反映されるみたいなんですが、監督同士に繋がりがあるかどうかは分かりません。

 

●「川辺の過ち」など中国映画が活況

――監督のコネではなく、リー・カンションさんの俳優としての実力なんですね。いや、彼の実力を疑ってるわけじゃないですよ(笑)

 ウェイ・シュージュン監督の「川辺の過ち」で中国映画は2本ですね。

神谷:中国映画に関して言うと、今年堰を切ったように出てきて、本当にいい映画が多く、クオリティーが高かったです。監督のウェイ・シュージュンは、「永安鎮の物語集」というのを2年前にコンペでやっているんですが、その監督の3作目で、3作ともカンヌに選ばれています。1作目は開催そのものがなかった年にカンヌ・プレミアというレーベルに入り、その次の「永安鎮の物語集」が監督週間、3本目の「川辺の過ち」がある視点です。この作品は基本的にはフィルム・ノワールで、結構ジャンル映画になっているんですが、いろんな要素が入っていて、不条理劇風のところもあるし、コメディタッチもある。

 

――監督はなかなかテクニシャンなんですね。

神谷:まだいろんなことを試している段階ではあると思うんですが、すごく上手いです。

 

――キム・テヤン監督の「ミマン」は韓国映画ですが、最近の韓国は、映画が少し弱いんじゃないかと思っていたところです。

神谷:なので、韓国映画ファンの方にはホン・サンス監督の「水の中で」と合わせて、ちゃんと見に来て欲しいなと思います。

 

――ホン・サンスはビッグネームですが、その下の若い世代の才能を配信やテレビドラマの方に取られているんじゃないかと。

神谷:中国なんかと比べると、出てきている数としてはそんなに多くないです。ベルリンにはフォーラム部門にすごくいい作品が入っていましたが、国際映画祭に出るような、わりと普遍的な魅力というか、それがある作品はそんなに出てきてないという印象はありますね。この「ミマン」はトロント映画祭のディスカバリー部門で上映されました。

 

――若い監督なんですね?

神谷:そうだと思います。長編1作目ですが、4年くらい撮影にかけている。時期が3つに別れていて、最初から計画していたのか、コロナがあってそうなったのかは分からないですが―。

 

――順撮りしてるんですか?そんな贅沢な(笑)

神谷:結果的にそうなっちゃったのかもしれないですが。スチル写真に映っている2人が軸になっていて、2人が揃うのは第1話と第3話ですけど、その時点、その時点のスナップショットみたいになっている。2人は恋人同士ではなく、仲がよかった風ではあるんですが、大学時代の旧友で、ばったり会って、今どうしてるのみたいな話をして、また別れて。

 

●コンペに日本映画「熱のあとに」

――韓流ドラマの対極にありますね。完全にアンチ・ドラマですね。

最後はコンペ唯一の日本映画「熱のあとに」ですが、これは配給が決まっているんですね。

神谷:そうです。ニュー・ディレクター・アワードという、脚本を募集して企画に賞を与えるというのをフィルメックスで2年くらいやったんですが、そこで受賞した企画です。

 

――これはどういう映画ですか?

神谷:橋本愛さんが主役で、彼女が愛とは何かを極限まで追求するタイプの人で、過去にそのことを証明するために恋人を殺しかけているという設定で、数年間刑務所に入って、出てきたところから始まります。そういう自分を抑えるために、たまたま仲野太賀さん演じる男と結婚し、表面上は平穏に暮らすんですが、ひょんなところから歯車が狂っていって、また自分の愛について突っ走ってしまう。

 

――続いて特別招待作品ですが、王兵監督の「黒衣人」とヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督の「About Dry Grasses」はカンヌで見ました。

神谷:ペドロ・コスタの「火の娘たち」は山形で上映されたんで、これだけジャパン・プレミアではないんです。

 

――ホン・サンスの「水の中で」の話は聞きました。ピントの合わない映画ですよね。

神谷:ベルリンで監督のQ&Aに立ち会えたんですが、結構ピントが合っているように見えるところでも全部アウト・オブ・フォーカスだとおっしゃっていました。

 

――自分で撮影したんでしょうか?撮影監督にピントを外せというのは結構酷ですよね。

神谷:最近は自分で撮影されている作品も結構あるので、たぶんそうだと思うんですが、チェックしないと確かではないです。

 

●サイレント映画の伴奏付き上映

――濱口竜介監督のライブパフォーマンス付きの「GIFT」とは?

神谷:映画祭的に言うと、サイレント映画の伴奏付き上映という形式になります。石橋英子さんのコンサート用に映像制作を依頼して、それで出来たものなので、音楽目線でいうとコンサート用の映像なんですが、形式としてはサイレント映画で、インタータイトルも出る映画なので、映画祭的な立場で言うと、サイレント映画の上映に伴奏をつけるということになります。物語は「悪は存在しない」とわりと共通していて、ただし尺は結構短くて、編集も違っている。これは製作側から聞いた話なんですが、使っているショットもところどころ違うそうです。

 

――最後はメイド・イン・ジャパンの4本について。

神谷:今年3年目ですが、去年は2本しかなかったし、毎年必ずやるということにはしてないんです。

 

――では、今年は多いですね。

神谷:結果的に。というのは会場の問題があって、今年は2つ会場があるのでやりやすいんです。「Last Shadow at First Light」に関してはシンガポールのニコール・ミドリ・ウッドフォード監督の作品で、シンガポール映画なんですけど、日本も製作に入っていて、大部分が日本で撮影されています。最初の10分か15分くらいがシンガポールで、その後、東京から東北へ旅をするというロードムーヴィーになっています。スチル写真に映っているのは永瀬正敏さんで、主人公の叔父さん役、お母さん役で筒井真理子さんが出ています。

 

――相米慎二監督の「お引越し」ですが。

神谷:デジタルリマスター版です。ちょうど今年30周年なんです。

 

――私、30年前にカンヌで見ました。ある視点でした。もう30年なんですね、昨日のことのようですが(笑)。

神谷:2011年にフィルメックスでも相米慎二監督特集をやっていますが、その後、あまり見られてないのではないかと。

 

4人の監督によるオムニバス「広島を上演する」

――当時はフィルムですよね。今はデジタル化しないと上映できないですから。

 次は、「広島を上演する」ですが。

神谷:これはマレビトの会という演劇カンパニーが製作した映画で、過去に「福島を上演する」や「長崎を上演する」というプロジェクトがあったんです。「広島を上演する」は演劇のプロジェクトなんですけど、今回は映画も作って、その作品をフィルメックスで上映できることになりました。4人の監督によるオムニバス作品で、それぞれ広島をテーマに短編を撮っている。結構バラバラな方向を向いている作品です。1作品だけ、草野なつか監督の作品がすでにマルセイユで7月に上映されました。

 

――演劇を撮ったものではない?

神谷:1作だけ演劇のリハーサルを撮ったものがあるんですが、他は演劇とはあまり関わりがないです。広島の扱い方もみんなバラバラです。

 

――最後は岩崎敢志監督の「うってつけの日」ですが。

神谷:これは監督の長編デビュー作で、完全な自主映画です。短編は何本か撮っています。宮崎大祐監督なんかと組んで劇場公開された短編も作られています。

 

――69分と短いですね。

神谷:作品自体もすごく小さな作品で、物語も主役の女性が録音技師というか、音関係の仕事をされていて、その方の日常を描いている、わりと小さな作品です。

 

●国際映画祭の土俵を目指す?

――メイド・イン・ジャパンの4本を選ぶときの元となったものは何かあるんですか?

神谷:基準みたいなものは特にないというか。コンペも特別招待も全部いっしょくたに見ているじゃないですか。その流れの中で日本映画も見るんですが、さっきの韓国映画の話とも共通するんですが、向いている方向が完全にドメスティックだったり、タッチとかスタイル自体もそうですが、いろんな方向で、言い方が難しいですけど、国際映画祭の土俵にあがるかあがらないかというところで、歴然としたものが日本映画の中にもあって、その中で、ぜひ舞台にあがって欲しいというか、あがった方がいいんじゃないかというか、そういう基準はあるかもしれないですね。

 

――日本映画を見ていると感じます?

神谷:感じざるをえないですね。どういうところを向いて映画を作ろうと自由だし、映画は映画なので、どんどん作っていただいていいと思うんですけど、やっぱり国際的なところにあがる作品というのはそれなりに理由がある。いろいろ見ていると、なんとなく見えてくる部分があって、そこに乗れるか乗れないか、乗って欲しいという部分も含めて、そういう流れの中で見るというところはあります。

 

――今年、セレクションを終えて、去年と違うところとか、感じるものはありますか?今年中国の映画局のトップが変わって、世界の映画祭に中国映画がたくさん出てきたみたいなことがありましたが、フィルメックス的には?

神谷:中国はまさにそうで、あふれるくらいだったので、コンペで2本しかできなくて残念ですが、他でいうと、今年、フィルメックスのコンペでモンゴル映画を上映するのは初めてじゃないかと思います。カンヌもモンゴルの長編映画を上映するのは初めてだったんで、それはそれですごいなと思っていたんですが、ヴェネツィアのオリゾンティにもモンゴル映画が出ていて、それも本当によくて、モンゴル映画がどんどん出てくるかもしれないなと思いました。

 

●客に来てもらわないと始まらない

――今年の見どころを一言で言うと何ですか?

神谷:難しい質問ですね。去年の反省点で、やっぱりお客さんに来てもらわないと始まらないところがある。だから集客ができる映画をやろうというのとは違うんですけど。

 

――それは違うとは思いますが、その辺でバランスをとっていかないと映画祭がうまくいかないですよね。

神谷:結果的に、去年と比べると今年はわりとお客さんを呼べる映画が集まったんじゃないかと思うので、実際にお客さんに来てもらえればいいなと思っています。去年に比べると作品も早く発表できたし、チケットも今週末には発売できますし、長編1作目の作品でも「タイガー・ストライプス」みたいに批評家週間でグランプリを獲っていたり、ベトナムの映画もカメラドールを獲っていたり、すでに箔が付いている映画があるので。それも結果的にそうなったんですが(笑)。お客さんに来て貰うというのが1つで、そこを意識せざるとえないというか、意識しながら準備してきたところはあります。

 

――固定ファンもいるでしょうが、新規開拓も。

神谷:それもあるので、東京テアトルさんと相談して、今年渋谷でもやったりとか、いろんな試みをしているつもりです。

 

112日 西新宿の東京フィルメックス事務局にて)

2023cinema_person01●社会問題を体現する女性

――アジアの未来は11回目の開催になりましたが、最初からずっと関わってきて、アジアの若手の映画の変化を感じますか?

石坂:今年、その傾向がはっきり出ているのが、社会の中で闘う女性の話が多いことです。

女性監督の映画もあるし、男性が撮っていても女性の主人公にフォーカスしている。夫婦や家族のクローズアップから社会背景も見えてくる、みたいな。

 

――それは選んだ映画の傾向ですか、それとも全体?

石坂:全体ですね。女性監督も増えているだろうけど、何か社会的なメッセージを伝えるときに女性が主人公の方がすっと入ってくる感じがあります。

 

――メッセージを女性に託すと伝えやすい?

石坂:そうです。

 

――今の社会の問題を女性が体現している、集約されているということかもしれないですね。

石坂:一方で、MeToo運動以降の、こんなこと本当にあったんだろうなという映画も多いんです。ただ、それが必ずしもうまくいっていないものもある。これは入選してない映画の話なんですが、共通しているのは男の描き方で、漫画的というか、大げさになっているものが多い。

 

――男性がステレオタイプになる?

石坂:女性の方はすごくくっきりと描かれていてリアルだなと思う一方で、男性の方は。ひどい男を等身大に描くのは難しいんだなというのは感じますね。

 

――女性を描きたいあまり、男性の方が手薄になってしまう。

石坂:こんな男いないよ、みたいな(笑)

 

●男性受難時代?

――映画的には男性受難の時代かもしれませんね。

石坂:それもあって、女性上位というか、結果的に女性がきちんと描かれている映画を選んだ感じになっていますね。

 

――では個々の作品のお話を聞きたいんですが。今年は何本でしたっけ?

石坂:10本です。外国が8本で日本が2本。で、女性監督が3人。

 

――さきほど市山さんから中国映画が増えたというお話をうかがいましたが、アジアの未来もそうですか?

石坂:大陸の中国映画はコンペにどっと入ったし、市山さんはわりあい新鋭新人もコンペに入れるタイプなので、アジアの未来は結果的には香港だけです。k

 

●サーシャ・チョク監督の自伝的作品

――その香港映画『離れていても』というのはどんな映画ですか?

石坂:監督のサーシャ・チョクの自伝的な映画で、香港返還の1997年に湖南省から移民で香港にやってきた一家の話です。まあ、自伝的な作品ですね。それから10年後の2007年、さらに10年後の2017年という3つの年が描かれる。

 

――始まりの97年では主人公はまだ少女?

石坂:8歳です。1つの家族のクローズアップで話が続いていく。父親が薬物中毒で刑務所に入ったりみたいなことはあるんだけど、背景の香港社会がまさに変わっていく。

 

――激動の時代でしたものね。

石坂:ただ政治的なことを声高に叫ぶみたいなことは一切ない。返還の年の香港には大陸から移民で渡ってきて、混乱していて、ものすごい経済格差がある。香港に比べて大陸の方がみんな貧しいわけですからね。ヤク中のお父さんがDVで暴力振るってみたいな、そこから始まった移民の暮らしが10年経つと落ち着いてくるけど、父と娘は疎遠になる。2007年では娘は高校生くらいかな。で、2017年になると、香港の大陸化というか、中国の一部みたいなイメージになってて、娘は就職して日本旅行の団体客のツアーコンダクターをやってて、父親とは相変わらず疎遠だけど、どうしようかみたいな。

 

――2017年で終わるところが微妙ですね。気を使ってるなと思う。

石坂:もともとこの人は小説も書いてて、それを脚本に仕上げた。非常に優秀な女性監督です。

 

――シンガポール・マレーシアの『ラ・ルナ』ですが。どっちが主なんですか。

石坂:シンガポールが先に出てますが、舞台はマレーシアの村です。監督のライハン・ハリムは男性ですが、女性が主人公の映画で、敬虔なイスラムの村で、シャリファ・アマニがランジェリー店をオープンしたために村人の騒動が始まるという。これは上手い映画です。こういうネタをイスラムの国でうまく展開させている。

 

 

●東南アジアを代表する女優に

――純粋なコメディ?

石坂:コメディだけど、ジェンダーギャップとか、そういうテーマがちゃんと描けている。シャリファ・アマニはヤスミン・アハマドの『細い目』以来、いろんな監督の映画に出ていて、もう30歳を超えたのかな、すっかり東南アジアを代表する女優になったなあ、と。

 

――しみじみしてますね。

石坂:長いお付き合いですから。ごく最近結婚しちゃったらしくって。相手はすごい大富豪らしい。

 

ちょっとブロークンハートなんです。

 

――誰が?

石坂:私が。推しですから(笑)。

 

――『マディーナ』というのは?

石坂:カザフスタン映画です。製作にインドとパキスタンがサブで入っているけど、舞台も言葉もカザフで、監督もカザフの女性。アジアの未来では初めてのカザフスタン映画です。主人公の女性がシングルマザーで、昼はダンス教室、夜はショーパブで男たちが寄ってくるのをかわしながら子供を育てるという。台詞はあんまりなくて、ダルジャン・オミルバエフの映画もそうですが、ブレッソン的というか、あんな感じ。でも言いたいことは表情を見ていると分かってくる。非常に映画的な、映像で表現している作品。監督のステートメントをみると、中央アジア映画界で女性の立場を改善しようみたいなことをやっている方のようです。『ソウルに帰る』のダヴィー・シューもそうですが、この人も韓国経由で巣立ってきた人です。

 

――韓国で何かやってるんですか。

石坂:プサンにアジア・フィルムスクールというのがあって、多国籍の才能を集めて、半年とか1年間、英語で授業をやって、チームを組ませて1本撮らせる。日本からもすでに何人か参加しているんだけど、相当打率が高いというか、みんなデビューしてるんです。

 

――それは知りませんでした。今、韓国映画が大変だと韓国映画人が言ってるみたいですが。

石坂:映画祭でもプサンの執行部がハラスメントで辞めましたね。プサンも揺れてるようですが、韓国は頑丈なインフラを作りましたから。

 

●映画出演絡むミステリー。イランの『マリア』

――次はイランの『マリア』ですが。

石坂:これも女性の話です。監督のメヘディ・アスガリ・アズガディは男性ですが、今年の最年少28歳です。この作品も今っぽいテーマが幾つか重なっている。マリアという娘が、売春婦役なので内緒で映画に出るんだけど、その映像がネットに流出してしまう。家族が本当のことだと思い込んで驚き、娘が姿を消してしまうというところから始まり、映画監督が責任を感じて娘を探すことになる。映画界と保守的な家族の間のギャップみたいなところからミステリーになる。相変わらず強力ですね、イランは。

 

――次はイスラエルの『家探し』ですが、何を探してるんですか?

石坂:もうすぐ子どもが生まれる若い夫婦が住む家です。

 

――“やさがしでなくて、いえさがしなんですね。

石坂:原題のリアル・エステートは訳せば不動産なんだけど、それでは意味がわからないので家探しにしたんです。テルアビブとハイファの間で物件を探すなかで、物件と大家さんと周りの人がつながっていく。エピソードがつながっていくという意味ではオムニバスというか短編ぽい。監督のアナト・マルツは女性監督で、そういう短編映画を沢山撮っているようです。これは脚本がうまくて、夫婦は喧嘩ばかりしていて、なかなか決まらなくて、あちこち物件を見ていくうちに、いろんなトラブルとかトラブル寸前とかが重なっていく。テルアビブは大都会だけど、ハイファはちょっと田舎で起伏の多い坂の町で、イスラエルという国が夫婦の背後に見えてくる。

 

●タイの黒社会描いた「レッドライフ」

――タイのエカラック・カンナソーン監督の『レッドライフ』は?

石坂:これはタイの黒社会もので、若い男女が主人公なんだけど、女の子の方のお母さんはセックスワーカーで、男の方の家も大分荒くれてる。

――本当に底辺の話なんですね。

石坂:底辺だし、暴力とセックスとみたいな、タイ版メンドーサみたいな感じ。ただ、暗い中でも最後にピュアな二人が希望をもたらしてくれる。

 

――続いて『ロシナンテ』。

石坂:これはトルコ映画で、自家用バイクの名前がロシナンテ号というんです。

 

――ロバじゃなくて。

石坂:3人の仲良し家族で、子供は障害児なんだけど、お父さんが失業してしまい、バイクをバイク・タクシーにして、後ろにお客を乗せて走り回る。それで、なんとなくうまくいって、生活も安定してきたなというところで、バイクが盗まれる。

――『自転車泥棒』みたい。

石坂:ああいう風に突き放して終わるかどうかは言わずにおきます。

 

●正統派のスポ根『相撲ディーディー』

――『相撲ディーディー』はインドなのに相撲なんですか?

石坂:インドにかなり強い女相撲の力士がいて、その人の自伝的な話らしいです。

 

――インドにも女相撲があるんですか?

石坂:世界中にありますよ。最初は柔道の選手なんだけど、相撲に切り替えて、家族の反対に遭いながら、いろんな国に行ってトーナメントに出て、で、もっと上手くなりたいと日本に修行に来る。インドで女相撲というとトンデモ映画と思いがちじゃないですか。ところが実に日本的な精神というか、正統派のスポ根映画です。

 

――インド版『サンクチュアリ』?

石坂:ジャヤント・ローハトギー監督は日本でプレミアなので大感激してるそうですし、インド映画ファンはすでに騒ぎ出してるようです。

 

――あとは日本映画2本ですが。

石坂:2本とも新鋭監督で、対称的な恋愛模様です。木村聡志監督の『違う惑星の変な恋人』は5人の男女のパズルみたいな。惚れた腫れた、振った振られただけで出来あがっている映画ですが、これが実に論理的というか。登場人物が5人もいるので、複雑に絡み合っていて、見事だと思いました。中島歩さんがひときわ上手いですけど。

 

――『辰巳』というのは?

石坂:これは逆に暴力の果ての激しい愛というか、描写もすごいです。小路絋史監督は日本映画スプラッシュ部門で『ケンとカズ』で最優秀作品賞を獲っている人で、あれは男同士の暴力の果ての友情みたいな話だったけど、今回は男と女の激しい反発と絆が描かれています。小路さんの8年ぶりの新作です。

 

――審査委員はもう決まっているんですか。

石坂:マーク・ノーネスというミシガン大学教授、というより、山形国際ドキュメンタリー映画祭のコーディネーターをずっとやってた人で、今、1年間海外研修で日本にいるのでお願いして。それからフィリピンの映画監督レイモンド・レッドと、配給会社ムヴィオラの武井みゆきさん。映画研究者、映画作家、配給の3人です。

 

――なかなかいい顔ぶれですね。

石坂:武井さんは山形で賞を獲ったような、結構渋い映画を配給する。ヤスミン・アハマドの配給も彼女です。去年は東京テアトルの西澤彰弘さん、一昨年はユーロスペースの北條誠人さんに審査委員をやってもらい、その後、入選作を配給してくださったり、配給への道をつけてもらったりしました。

 

●表現の自由進む台湾

――石坂さんが担当したとお聞きしたワールド・フォーカス部門の「台湾電影ルネッサンス2023」ですが。

石坂:自分で現地まで行って選んでました。台北映画祭と町の映画館でも見てるんだけど、台湾ではもはやLGBTQ、つまり同性愛と異性愛をあんまり区別してない。表現の自由で、そういうテーマも全然OKなので、今は大陸の監督が台湾に来て撮る、香港の監督も台湾で撮るとか、そんな感じになりつつあります。一昔前は台湾の俳優が大陸を目指すとか、台湾の監督が大陸で撮るとか、大陸のマーケット目当てだったんですが、今は逆流している。

 

――台湾で撮って、大陸で公開できるんですか?

石坂:大陸はもうあてにしてない。東南アジアとか世界をマーケットにしている。韓国映画的に少しグローバルな題材にして。

マーティン・スコセッシの『沈黙-サイレンス-』もそうだったし、市山さんプロデュースで今撮り終わった蔦哲一郎監督のリー・カンションの出る新作『黒の牛』も台湾からお金が出ているみたいだし。そういう助成金なりロケのサポート体制なりが、それも『沈黙』あたりから、かなりはっきり出来てきた。

 

――東アジア映画界の中心に台湾がなるというのは考えられますね。IT産業も盛んだし。

石坂:コロナも優等生で乗り切った。同性婚も法律で認めている、少数民族も手厚く保護している、『セディック・バレ』あたりから少数民族を題材にした映画も多い。ちょっと台湾は面白いですね。

 

2023cinema_person02 -blog――この先、台湾の独立性をどう守るかですね。

石坂:7月に行ったときも西門町という台北の原宿みたいなところは日本と変わらない。というか、日本以上にサブカルの大センターみたいになっている。この平和な感じが続いてほしいなと思いつつ、映画を見ると実に先進的なんです。グローバルに。

 

――お薦め映画は?

石坂:『成功補習班』というのは予備校のことなんですが。予備校に行ったらゲイの先生がいて、仲良くなってゲイカルチャーを高校生たちが理解して、その後先生はドキュメンタリー作家になるという半分実話です。若くして亡くなったミッキー・チェンというドキュメンタリー作家がモデルです。先生に薫陶を受けた高校生が大きくなってこの映画の監督になる。だから自伝的なんですけど。

 

LGBTQを巧みに描いた『青春の反抗』

『青春の反抗』はテーマが複層的で、学生運動の話なんです。戒厳令が終わった後に表現の自由を求めて美大で紛争が起こるので、ちょっと全共闘的な話なんだけど、バリケードの中で女性同士が好きになってしまう。学園紛争の実話にフィクションを交えているんだろうけど、脚本が繊細で巧みなんです。

この2本なんかでは、今の台湾がLGBTQ(性的マイノリティ)を実にうまく、普通に描けていることが分かるんですが、そこで勝負しているんじゃなくて、人間とは何かみたいなところまでいっている。

 

――LGBTQはもうテーマにはならない?

石坂:まだそこで勝負している国は多いし、あるいはテーマに出来ない国の方が多いですが。

 

――『ミス・シャンプー』と『Old Fox』はどんな映画ですか?

石坂:『ミス・シャンプー』は『セーラー服と機関銃』じゃないけど、やくざと理容師の女の子の任侠コメディです。監督のギデンズ・コーは『あの頃、君を追いかけた』とか撮った人で、これはコメディです。

 

――台北映画祭のオープニング作品なんですね。

石坂:『Old Fox』は『台北カフェ・ストーリー』というおしゃれな映画を撮ったシャオ・ヤーチュアンが久々に撮った作品です。

 

――前作は石坂さんのお薦めだったので私も見ました。確かに台北で、カフェで、ストーリーという映画でした(笑)

石坂:あの店は人気になって行列が出来たりしたそうです。『Old Fox』はガラッと変わって、日本と同じ1990年代初頭に台湾でもバブル経済がはじけて貧しくなった父と子の話。門脇麦さんが出ています。

 

――台湾電影ルネッサンスの他に石坂タッチは?

石坂:台湾とアジアの未来の2つです。

 

――前年に比べてちょっと予算が増えたな、みたいなところは?

石坂:上映本数も増えてるし、ゲストも沢山来るし、呼べるということはありますね。

 

――台湾、香港、インドはファンも多いから、ゲストが来てくれたら盛り上がりますね。ただ、人をさばくのは大変かも。

石坂:サイン会の列とかは、六本木の方が捌くのが楽でした。シネコンの中でやればよかったから。

 

●銀座をお祭り空間に

――野外上映は今年もやるんですか?

石坂:はい。だから、銀座の街全体でお祭り感は目指したいところです。今年はとにかくイベントがすごく多い。単発のものから台湾特集のように3年に1回のものまで、小津や黒澤賞、香港、台湾、バスク、ゼフィレッリの特集などで、そこにトークショーなりシンボジウムなりがある。小津のシンポジウムはなぜか三越劇場ですが。

 

――三越劇場って、日本橋ですよ。銀座じゃなくて。

石坂;出席者はヴィム・ヴェンダース、ケリー・ライカート、ジャ・ジャンクー、黒沢清と豪華です。

また、アジアで映画を勉強している学生がたくさん来てくれます。大陸も香港も東南アジアも。

 

――それはどういう枠で?

石坂:それぞれの国の機関が送り込んだり、国際交流基金がサポートしたり。今年から強化しようということで。TIFFはアジアの映画祭なんで、アジア作品も増やす、今年は特に東アジアの映画が増えていますが、交流もアジアとの間でやりましょうと。映画祭で映画を見てもらって、是枝裕和監督のマスタークラスもあって、その後、交流会を開きます。

 

――いいことですね。

石坂:そっちのラインを強化していく。

 

――プサン映画祭にはまだちょっと負けるけど。

石坂:韓国も揺れてるし、できるところからやりましょうと。

 

 

102日、東銀座の東京国際映画祭事務局にて

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